第100話 Devil (魔神)
文字数 4,082文字
「ヘンリーさん!」
沙織は、近くに行って再度名前を呼んだ。体重の軽い沙織には、ヘンリーを引っ張って逃げ出せるほどの力はない。自分で動いてもらわなくては。
沙織は、しゃがみこんでヘンリーを見た。顔が引きつっている。
ーーホントは男の人に触るのは嫌だけど、この際は仕方ない。
沙織は肩を貸すことにした。ヘンリーの脇に手を入れて、ぐいと引き起こす。やはり重い。
と、ヘンリーの重さがさらに増加した。
「ヘンリーさん!」
叫んでもヘンリーの重さは増え続ける。沙織の全身から急激に、グン、と大きなエネルギーが抜かれる気がした。
「あっ……」
沙織は、思わず声にならない声を出す。
ーーよし。これで加藤沙織のオーラは手に入った。
ヘンリーは勢いよく立ち上がり、沙織を突き飛ばした。抜け殻のようになった沙織は、尻餅をついてヘンリーを見た。ヘンリーは、しっかりとオーラをまとって立っている。しかも、まとっているのは沙織と同じオーラだ。
オーラには、指紋のように一人一人の個性がある。その個性は、一人一人が全員違う。自分と同じオーラを持っている人なんて、自分と同じ顔の人がもう一人、目の前に立っているようなものだ。
沙織は混乱した。
ーーそういえば、ヘンリーさんからパパと似たような気配を感じたことがある。もしかして。
「もしかしてパパを」
ヘンリーはニヤリと笑った。悪者の顔だ。
ーーちくしょう! やったな!
沙織は悔しくて、体全体にのしかかる疲労感を払い除け、ばね仕掛けのおもちゃのようにヘンリーに飛びかかった。だが、いつの間にかMAが解けている。沙織は簡単に弾き飛ばされた。
「おう!」
ヘンリーは両手を広げ、大げさに驚いた顔をする。上機嫌だ。
「お前のオーラがなければこのファンタジーは使用できなかった。感謝する。お礼に冥土の土産をやろう」
銀次郎は、二人のアルキメストとの闘いに夢中で気がつかない。ヘンリーは燃え盛る十三の焚き火に近づき、大きく手を挙げた。
「Death13(デスサーティーン)! リアルとアルカディアを繋ぐ架け橋を作れ!」
ヘンリーが叫ぶ。
焚き火がさらに強く光り輝き、各焚き火の真ん中から、ゆっくりと、メロン程度の大きさの玉が浮き上がる。水晶で出来たように光り輝いている人の頭骨。クリスタルスカルだ。
ヘンリーが振り向いて沙織を見た。
「ふふふ。十年前に失敗したこの儀式。ついに成功する時が来た。お前のおかげだ。十年前にカトゥーを殺せたことも、今回こうしてゲートを開くことが出来たことも、全てお前のおかげだ。お前は私にとっての幸運の女神かもしれないな。うん。決めた。お前はこの後、手足をちぎって私の部屋に飾っておこう。中国ではダルマと呼ばれている方法だ。そして毎晩、美味しい食事と共に私の愚痴を聴き続けるのだ。ふふふ。いい一生を送れるな」
沙織は心底から怖くなった。こんなに猟奇的な人間がこの世の中にいるということが、なにか空恐ろしくてたまらなかった。
先ほどまで晴天だった夜空は雲に隠れて真っ暗になり、星の一つも見えやしない。沙織は尻餅をついたまま後ずさった。
ーーいや……。
これほど心が乱れていると、再びオーラを練りなおせない。普段から心を鍛えているので絶対の自信を持っていた沙織は、ただただ恐ろしさに全ての感情を持っていかれた。
雷が一筋光った。
ヘンリーが近づいてくる。
恐怖。
ただ恐怖しかない。
ヘンリーと沙織の間に雷が落ちる。
ドーン。
赤土の地面が割れ、煙が立つ。
煙の中に人が立っている。
イソギンチャクのように広がった銀髪。
黒いライダースーツを身に纏(まと)ったスタイル抜群の男。
全身にすざまじいオーラをまとい、体からチリチリと放電をしている。
「まったく沙織。お前はいつまで経っても俺がいねーとダメだな」
雷光に照らされた優しい獣の目つきに名残りがあった。夢で十年前も助けてくれた、あの少年だ。
「ジョット」
沙織は、今思い出した名前を呟(つぶや)いた。
「遅くなったな」
ジョットは、ヘンリーと目線を合わせて軽く微笑んだ。
「さて、十年前も今も、俺はお前の野望を打ち砕く。沙織を幸運の女神だと言うのなら、俺はお前にとっての疫病神、ってところだ」
「なぜこの場所がわかった」
「(俺の相方の)マヨネスの情報能力は知ってっだろ? 甘く見んじゃねーぞ」
少し離れたところで、倒れているオーストラリア兵士の一人が、笑顔で片手を振る。彼がマヨネスなのだろう。この状況を、無線でジョットに伝えていたようだ。
「さて、お仕置きの時間だな。十年経った俺はつえーぞ」
「ベイベー。私の元に来い!」
ヘンリーが自分の無線で叫ぶと、銀次郎と戦っていた二人のうちの一人、太くてごつい小男が、ゴムまりのように飛び跳ねて沙織の方に向かってきた。
「エスゼロ! 一人いった!」
銀次郎の声は舞い散る砂煙と戦場の音に紛れて届かない。だが、声に反応したからのように、ジョットがリルキドの前に立ちはだかる。ヘンリーはまだ無線で指示を続けている。
リルキドは背が低いが、筋肉質で全体的に丸い。頭から足先まで、ごつい青鎧をつけている。リルキドはその体を、アメフトの選手のように一直線に、ジョットに向けて突撃させた。
まるで高速で迫る百キロの砲丸。
当たれば体が消し飛ぶだろう。
ーー人間の体がこんなに丸くなるはずがない。おそらくはF(ファンタジー)。
ジョットは避けようと思ったが、避ければその直線上には沙織がいる。避けるわけにはいかなかった。むしろ真っ正面に立ち、両手を前に突き出した。
リルキドが飛んでくる。
ジョットは両手でリルキドを払い、突進してくる力の方向を変えた。
リルキドは真横に飛び、ヘンリーに向けて突っ込んでいった。合気道の応用技だ。合気道は反応できない速さの攻撃に対しては不向きだが、反応さえできればどんな攻撃にも対応できる。ジョットは自分の神経に電気を通すことによって、反射速度を大幅に上げることが出来るのだ。
ヘンリーに激突する寸前で止まることに成功したリルキドは、それでも多少は慣性と格闘を続けた。ヘンリーとリルキドは少しもたつく。
ーーマヨネス。こいつの戦闘データを。
ーーりょーかーい。
さすがに情報屋の名は伊達では無い。ジョットが聞くまでもなく、マヨネスはすでにデータをジョットに送っていた。
『リルキドベイベー。APB』
ーーBランク・フィロソフィアー。なかなかだ。このレベルのアルキメスト二人を相手に、よくイノギンという男は闘っていたな。
ジョットは感心した。情報は続く。
『使用ファンタジーはDDF(Dランク・ドープ・ファンタジー)『アーマー・ジロウ』。全身を丸めて球状になり、跳ねるように突進していく。硬軟自在』
ジョットが情報を得ている間に、リルキドは態勢を立て直し、再度向かってくる姿勢をとった。
その時、アボリジナルと調査隊を追っていた黒い軍隊の半数以上が、沙織のもとに集まってきた。おそらく無線でヘンリーが呼んだのだろう。人数が多い。
ジョットが沙織を見ると、沙織は落ち着きを取り戻し、再びMA(モード・アルキメスト)にもなっていた。これで黒い軍隊には傷つけられることがない。
だが、ジョットのもとにさらに情報が届く。
『軍隊の中に聖槍を所持する者あり』
ーーちっ。聖槍かよ。
ジョットは舌打ちした。
聖槍とは、アルキメストで無い者でも、多少のオーラがあれば扱える武器の一つである。MAを破り、アルキメストやアルカディアンに傷をつけることもできる。だがファンタジーとは違い、それしか出来ない武器ではある。
とはいえ、現状でそのような聖遺物を持つ者がいるというのは厄介だ。黒い軍隊は全員戦闘訓練を受けていることは明らかだし、沙織と比べたら明らかに強いだろう。
ジョットはPカードで沙織に伝えた。
「沙織! A(アルキメスト)にも攻撃が当たる武器を持っている奴がいる! 逃げろ!」
沙織は、ジョットの声を聞くと同時に逃げ出した。
ーーマヨネス。聖槍の所持者を特定してくれ。
ーーイエッサー。
ジョットは、リルキドベイベーと対峙しながらヘンリーの動きを牽制し、沙織の動きを見ながら黒い軍隊にも注意を払わなければならなかった。
リルキドは常に、ジョットから見てヘンリーが死角になるような場所に移動する。頭脳戦とは相手の脳の容量をオーバーさせる動きをすることだ。こうすることで、ジョットの集中力を少しでも削る。
ジョットはリルキドと対峙しながらも、沙織に軍隊が近づくと、雷化して一瞬で移動し、電撃を加える。
ジョットのファンタジーは雷系列だ。
強い。
だが、何度かその行動を見ているうちに、リルキドはジョットが行動を起こす瞬間がわかるようになってきた。
ジョットが雷化する寸前に、沙織に向かって突撃しようとする。
ジョットはうかつに動けなくなった。
ヘンリーがPカードでジョットに話しかける。
「ふふふ。疫病神が来たところで、結局、結果は十年前と同じ。所詮(しょせん)お前では何も守れぬようだな」
「この日のために生きてきたんだ! 絶対に守ってみせる!」
「ご健闘を楽しみにしているよ、騎士気取りの愚か者。無事にカトゥーの娘を守れると良いな」
ヘンリーはジョットから遠く離れ、ドリーミングが行われていた場所に向かった。十三のクリスタルスカル『Death13』が、先ほどの儀式により、円を描いて宙(ちゅう)に浮かんでいる。
ジョットと沙織に対する攻撃は、全てDeath13から二人を離すための作戦だったのだ。
ヘンリーは再び両手を挙げて叫んだ。
「出でよ魔神! 人間の未来を輝かせるのだ!」
戦場なので誰の耳にも届かない。だが、浮かんでいる十三のドクロは光り出し、囲んでいる円の中に大きな魔法陣を描く。
魔法陣は光り、中心から巨大な黒い手が生えてくる。
一本一メートルはある指。
長い爪。
真っ黒い皮膚。
ゴツゴツとした節。
恐怖というものを形にしたものがこれから現れる。
その序章が始まった。
沙織は、近くに行って再度名前を呼んだ。体重の軽い沙織には、ヘンリーを引っ張って逃げ出せるほどの力はない。自分で動いてもらわなくては。
沙織は、しゃがみこんでヘンリーを見た。顔が引きつっている。
ーーホントは男の人に触るのは嫌だけど、この際は仕方ない。
沙織は肩を貸すことにした。ヘンリーの脇に手を入れて、ぐいと引き起こす。やはり重い。
と、ヘンリーの重さがさらに増加した。
「ヘンリーさん!」
叫んでもヘンリーの重さは増え続ける。沙織の全身から急激に、グン、と大きなエネルギーが抜かれる気がした。
「あっ……」
沙織は、思わず声にならない声を出す。
ーーよし。これで加藤沙織のオーラは手に入った。
ヘンリーは勢いよく立ち上がり、沙織を突き飛ばした。抜け殻のようになった沙織は、尻餅をついてヘンリーを見た。ヘンリーは、しっかりとオーラをまとって立っている。しかも、まとっているのは沙織と同じオーラだ。
オーラには、指紋のように一人一人の個性がある。その個性は、一人一人が全員違う。自分と同じオーラを持っている人なんて、自分と同じ顔の人がもう一人、目の前に立っているようなものだ。
沙織は混乱した。
ーーそういえば、ヘンリーさんからパパと似たような気配を感じたことがある。もしかして。
「もしかしてパパを」
ヘンリーはニヤリと笑った。悪者の顔だ。
ーーちくしょう! やったな!
沙織は悔しくて、体全体にのしかかる疲労感を払い除け、ばね仕掛けのおもちゃのようにヘンリーに飛びかかった。だが、いつの間にかMAが解けている。沙織は簡単に弾き飛ばされた。
「おう!」
ヘンリーは両手を広げ、大げさに驚いた顔をする。上機嫌だ。
「お前のオーラがなければこのファンタジーは使用できなかった。感謝する。お礼に冥土の土産をやろう」
銀次郎は、二人のアルキメストとの闘いに夢中で気がつかない。ヘンリーは燃え盛る十三の焚き火に近づき、大きく手を挙げた。
「Death13(デスサーティーン)! リアルとアルカディアを繋ぐ架け橋を作れ!」
ヘンリーが叫ぶ。
焚き火がさらに強く光り輝き、各焚き火の真ん中から、ゆっくりと、メロン程度の大きさの玉が浮き上がる。水晶で出来たように光り輝いている人の頭骨。クリスタルスカルだ。
ヘンリーが振り向いて沙織を見た。
「ふふふ。十年前に失敗したこの儀式。ついに成功する時が来た。お前のおかげだ。十年前にカトゥーを殺せたことも、今回こうしてゲートを開くことが出来たことも、全てお前のおかげだ。お前は私にとっての幸運の女神かもしれないな。うん。決めた。お前はこの後、手足をちぎって私の部屋に飾っておこう。中国ではダルマと呼ばれている方法だ。そして毎晩、美味しい食事と共に私の愚痴を聴き続けるのだ。ふふふ。いい一生を送れるな」
沙織は心底から怖くなった。こんなに猟奇的な人間がこの世の中にいるということが、なにか空恐ろしくてたまらなかった。
先ほどまで晴天だった夜空は雲に隠れて真っ暗になり、星の一つも見えやしない。沙織は尻餅をついたまま後ずさった。
ーーいや……。
これほど心が乱れていると、再びオーラを練りなおせない。普段から心を鍛えているので絶対の自信を持っていた沙織は、ただただ恐ろしさに全ての感情を持っていかれた。
雷が一筋光った。
ヘンリーが近づいてくる。
恐怖。
ただ恐怖しかない。
ヘンリーと沙織の間に雷が落ちる。
ドーン。
赤土の地面が割れ、煙が立つ。
煙の中に人が立っている。
イソギンチャクのように広がった銀髪。
黒いライダースーツを身に纏(まと)ったスタイル抜群の男。
全身にすざまじいオーラをまとい、体からチリチリと放電をしている。
「まったく沙織。お前はいつまで経っても俺がいねーとダメだな」
雷光に照らされた優しい獣の目つきに名残りがあった。夢で十年前も助けてくれた、あの少年だ。
「ジョット」
沙織は、今思い出した名前を呟(つぶや)いた。
「遅くなったな」
ジョットは、ヘンリーと目線を合わせて軽く微笑んだ。
「さて、十年前も今も、俺はお前の野望を打ち砕く。沙織を幸運の女神だと言うのなら、俺はお前にとっての疫病神、ってところだ」
「なぜこの場所がわかった」
「(俺の相方の)マヨネスの情報能力は知ってっだろ? 甘く見んじゃねーぞ」
少し離れたところで、倒れているオーストラリア兵士の一人が、笑顔で片手を振る。彼がマヨネスなのだろう。この状況を、無線でジョットに伝えていたようだ。
「さて、お仕置きの時間だな。十年経った俺はつえーぞ」
「ベイベー。私の元に来い!」
ヘンリーが自分の無線で叫ぶと、銀次郎と戦っていた二人のうちの一人、太くてごつい小男が、ゴムまりのように飛び跳ねて沙織の方に向かってきた。
「エスゼロ! 一人いった!」
銀次郎の声は舞い散る砂煙と戦場の音に紛れて届かない。だが、声に反応したからのように、ジョットがリルキドの前に立ちはだかる。ヘンリーはまだ無線で指示を続けている。
リルキドは背が低いが、筋肉質で全体的に丸い。頭から足先まで、ごつい青鎧をつけている。リルキドはその体を、アメフトの選手のように一直線に、ジョットに向けて突撃させた。
まるで高速で迫る百キロの砲丸。
当たれば体が消し飛ぶだろう。
ーー人間の体がこんなに丸くなるはずがない。おそらくはF(ファンタジー)。
ジョットは避けようと思ったが、避ければその直線上には沙織がいる。避けるわけにはいかなかった。むしろ真っ正面に立ち、両手を前に突き出した。
リルキドが飛んでくる。
ジョットは両手でリルキドを払い、突進してくる力の方向を変えた。
リルキドは真横に飛び、ヘンリーに向けて突っ込んでいった。合気道の応用技だ。合気道は反応できない速さの攻撃に対しては不向きだが、反応さえできればどんな攻撃にも対応できる。ジョットは自分の神経に電気を通すことによって、反射速度を大幅に上げることが出来るのだ。
ヘンリーに激突する寸前で止まることに成功したリルキドは、それでも多少は慣性と格闘を続けた。ヘンリーとリルキドは少しもたつく。
ーーマヨネス。こいつの戦闘データを。
ーーりょーかーい。
さすがに情報屋の名は伊達では無い。ジョットが聞くまでもなく、マヨネスはすでにデータをジョットに送っていた。
『リルキドベイベー。APB』
ーーBランク・フィロソフィアー。なかなかだ。このレベルのアルキメスト二人を相手に、よくイノギンという男は闘っていたな。
ジョットは感心した。情報は続く。
『使用ファンタジーはDDF(Dランク・ドープ・ファンタジー)『アーマー・ジロウ』。全身を丸めて球状になり、跳ねるように突進していく。硬軟自在』
ジョットが情報を得ている間に、リルキドは態勢を立て直し、再度向かってくる姿勢をとった。
その時、アボリジナルと調査隊を追っていた黒い軍隊の半数以上が、沙織のもとに集まってきた。おそらく無線でヘンリーが呼んだのだろう。人数が多い。
ジョットが沙織を見ると、沙織は落ち着きを取り戻し、再びMA(モード・アルキメスト)にもなっていた。これで黒い軍隊には傷つけられることがない。
だが、ジョットのもとにさらに情報が届く。
『軍隊の中に聖槍を所持する者あり』
ーーちっ。聖槍かよ。
ジョットは舌打ちした。
聖槍とは、アルキメストで無い者でも、多少のオーラがあれば扱える武器の一つである。MAを破り、アルキメストやアルカディアンに傷をつけることもできる。だがファンタジーとは違い、それしか出来ない武器ではある。
とはいえ、現状でそのような聖遺物を持つ者がいるというのは厄介だ。黒い軍隊は全員戦闘訓練を受けていることは明らかだし、沙織と比べたら明らかに強いだろう。
ジョットはPカードで沙織に伝えた。
「沙織! A(アルキメスト)にも攻撃が当たる武器を持っている奴がいる! 逃げろ!」
沙織は、ジョットの声を聞くと同時に逃げ出した。
ーーマヨネス。聖槍の所持者を特定してくれ。
ーーイエッサー。
ジョットは、リルキドベイベーと対峙しながらヘンリーの動きを牽制し、沙織の動きを見ながら黒い軍隊にも注意を払わなければならなかった。
リルキドは常に、ジョットから見てヘンリーが死角になるような場所に移動する。頭脳戦とは相手の脳の容量をオーバーさせる動きをすることだ。こうすることで、ジョットの集中力を少しでも削る。
ジョットはリルキドと対峙しながらも、沙織に軍隊が近づくと、雷化して一瞬で移動し、電撃を加える。
ジョットのファンタジーは雷系列だ。
強い。
だが、何度かその行動を見ているうちに、リルキドはジョットが行動を起こす瞬間がわかるようになってきた。
ジョットが雷化する寸前に、沙織に向かって突撃しようとする。
ジョットはうかつに動けなくなった。
ヘンリーがPカードでジョットに話しかける。
「ふふふ。疫病神が来たところで、結局、結果は十年前と同じ。所詮(しょせん)お前では何も守れぬようだな」
「この日のために生きてきたんだ! 絶対に守ってみせる!」
「ご健闘を楽しみにしているよ、騎士気取りの愚か者。無事にカトゥーの娘を守れると良いな」
ヘンリーはジョットから遠く離れ、ドリーミングが行われていた場所に向かった。十三のクリスタルスカル『Death13』が、先ほどの儀式により、円を描いて宙(ちゅう)に浮かんでいる。
ジョットと沙織に対する攻撃は、全てDeath13から二人を離すための作戦だったのだ。
ヘンリーは再び両手を挙げて叫んだ。
「出でよ魔神! 人間の未来を輝かせるのだ!」
戦場なので誰の耳にも届かない。だが、浮かんでいる十三のドクロは光り出し、囲んでいる円の中に大きな魔法陣を描く。
魔法陣は光り、中心から巨大な黒い手が生えてくる。
一本一メートルはある指。
長い爪。
真っ黒い皮膚。
ゴツゴツとした節。
恐怖というものを形にしたものがこれから現れる。
その序章が始まった。