第61話 Quest Shop,again (クエスト屋への再挑戦)

文字数 4,474文字

ーーさてと。ここからクエスト屋に行く方法は、と。
 今まで全く文字のない世界だったリアルカディアには、実にたくさんの看板が立てられていた。空中に浮いている看板もあるほどだ。
「クエスト屋はどこや?」
 クマオがキョロキョロとする。
「クマオも見えるようになったの?」
 サオリは驚いた。
「せやねん。ワイもこない文字が多いことに驚いとんのや」
「クエスト屋をお探しですか?」
 看板見物をしているクマオに対して、不意に誰かが声をかけてきた。
「せや」
 姿が見えずに空中からする声。だが、クマオは全く警戒をしなかった。
「それならこちらです」
 サオリの足元に地面いっぱい大きな矢印が浮かび上がる。サオリが歩くと同じ速度で三メートル手前を移動する。
ーーすごーい。
 サオリは少し早足で歩いたり、わざとゆっくりと歩いたりして、矢印とのダンスを思う様楽しんだ。サオリのスクールバッグから上半身を乗り出したクマオは、自慢げな顔で両手を振って暴れ狂った。なんだか楽しいのだ。
 十分も歩くと矢印は一軒の建物の前に止まる。先月入ったクエスト屋だ。『クエスト屋 ランゼライオン』という看板が立っている。壁面は、前回来た時は野原だったのに、今では桜の花が咲き乱れている。そして、以前はどこから入ればいいのかわからなかったが、今回はちゃんと入り口がわかる。サオリはウキウキとした気持ちでクエスト屋の扉を押し開けた。
 カランカラン。
 以前より軽い音で鈴の音が鳴る。
ーー自分の気分次第でこんなにも音に違いが出るんだな。
「こんちゃーす」
 サオリは調子良く挨拶した。
「あーいよっ」
 体を引き摺る音がして、緑色のドロドロとしたおじさんがやってくる。エプロンの色が桜色だ。
「おーやまっ!」
 サオリの姿を見て、おじさんは驚いたような声を出した。
「もーう来たのかい?」
「はい! 来ました!」
 サオリは元気に答えた。
「どーれどれ」
 おじさんは首に吊り下げていた丸眼鏡をかけた。
「ほほう。APG。まだファンタジスタになれてないか」
ーーまだ?
 サオリは首を傾けた。
「おーお。お嬢ちゃんはカトゥーの娘でーしょ? 素質は遺伝によーるものが多い。それにー、お、これは言うのをやめておーこう」
ーーなーにー?
 サオリは再び首を傾げたが、おじさんは気づかないふりをした。
「ところで、最後にテストだーけど」
 おじさんは、まぶたが崩れてグズグズになったのか、それともウインクなのかわからない視線でサオリを見た。
「僕の名前はわかるかーい?」
 サオリは自分の右手の親指を人差し指と中指に挟み込んだ。おじさんの右上にウインドウが一つ浮いている。ほとんどなにもわからないが、『ランゼ クエスト屋』とだけ書かれている。右目と左目の王プタプトプスのウイッシュ、悪魔の左目の能力だ。
「ランゼさん?」
「だーいせーいかーい!」
 ランゼは自分が持っていた小さな鐘を鳴らした。
 カランカランカラン。
「よーこそー。アルキメストの世界へー」
 ランゼは机に鈴を置いて揉み手した。クマオはバックから飛び出し、サオリの首にしがみついて喜んだ。チャタローは先ほどまで緊張した顔をしていたが、サオリが有資格者だと認められた途端、別に最初から興味はなかったとばかりにそっぽを向いた。
「それではお嬢ちゃん、いやさ、もう一人前なんだから加藤沙織だーね。沙織ちゃんは、これらのクエストの依頼を受けられーるよー」
 ランゼは突然、懐から取り出した笛を吹いて踊った。その曲と踊りはひょうきんだ。曲に合わせて店の奥から、サオリよりも大きな巻物が五本歩いてきた。手足が長く、大きな手袋とブーツを身につけている。手足を大きくあげながら綺麗に行進して、サオリとクマオの周りを輪になって踊り歩く。
「ぴーーーーー!」
 一。
 二。
 三。
 巻物たちは同時に行進をやめた。
「さあ。さ、おーりちゃん。この五本の中から、どのクエストをえらーぶかーい?」
ーー内容、見せてくれないの?
 サオリは驚いた。クエストは、いくつかある条件から自分にとって一番都合が良いものを選ぶもの。それが常識だと普通は思うではないか。それが今、自分の目の前の光景は、巨大な巻物が「自分を選んでくれないかなー」という顔。まぁ巻物に顔はないが、そんな雰囲気で次々とサオリの顔を覗き込んではアピールしてくるだけ。
ーー一体どんな状況なんだ。
 クマオはいつのまにかカバンから降りて、巻物に踏まれそうな状況をギリギリで避けながら楽しんでいる。何回かに一回は踏まれてもいるが、クマオはぬいぐるみ。特に気にしていないようだ。
ーーえ、と。
 サオリは思ったままを口にした。
「全員の巻物の内容を見せてもらってから決めたい、です」
 巻物は踊るように動いていたが、一斉に動きを止めて慌てはじめた。自分の中身を見られることが恥ずかしいようだ。ランゼはぐずつく手をゆっくりと上げて巻物の動揺を抑え、ゆっくりとサオリに話をした。
「決めるのは沙織じゃない。運命だーよ。沙織は運命を選んで受け止める。その覚悟をするーだけ」
「これって、巻物が開かれた後に拒否することってできるの?」
「そーれはもう」
「まるで、付き合った後で別れる自由があるように、てやつやな」
 クマオが上手いこと言ったというような顔をしているが、サオリは多少、その例えに気分を害したので、無視して話を続けた。
「じゃあ、五本全部見ることも結局は出来るってこと?」
「でーきるーけど、一本選ぶと他の四本は一度解放されーる。その時に他のアルキメストかーらお呼び出しがあーったら、彼らはそっちに行って、二度と再び出会えーない可能性ーもある」
「わからないけど決めるしかない。その運命を選べば他の運命は選べない、いうやつやな」
 普段は子供のようなことばかり言っているのに、今夜のクマオはなにか冴えている。色々と考えたかったが、なにより今のサオリには時間がない。早くクエストを決めないと、帰る時間が迫っているからだ。
ーーこういうのも運命なんかな。
 これ以上いくら悩んでも決めないことには話は進まない。
 「悩んでいても仕方がないことに時間を割く暇はない。まず進め」
 仙術の教えだ。
「じゃあこれ」
 全員が同じ外見をしているのでなんとも選びようがないが、サオリはクマオと一番遊んでくれている巻物を指差した。
「おー、決めるのーがはーやいねー」
「急いでるから」
 サオリのぶっきらぼうな言葉などまったく意に介さず、巻物は大喜びで再びこっけいな踊りを始めた。クマオは巻物の足にしがみついて上がったり下がったりしている。他の巻物は落胆の色を隠せない。
「巻物! 止まーれ!」
 巻物たちは動きをやめた。
「巻物、退場!」
 ピー、ピッピッピッピ。
 選ばれなかった巻物たちは、みんな仲良くランゼの笛に合わせ、小さな駆け足で店の奥に消えていく。サオリの選んだ巻物だけが残った部屋でランゼは聞いた。
「そーれでは沙織、覚悟はいーいね」
 サオリはうなづいた。
「巻物、オープン!」
 巻物は自信ありげに自分の心臓の位置に左拳を押し付け、そこから一気に左横に引っ張った。
 ぱーーーーーー。
 体の中から何巻きもされていた巻物が出てくる。巻物の左手がピンと伸びた時、巻物はその内容をあらわにした。文字が書いてある。サオリはその内容を読んでみた。
『Gランククエスト 
報酬 五十万ピッピ
任務 平和の象徴といわれているハトの羽の収集。枚数千枚
場所 どこでも
期日 四月十五日
詳細 平和の象徴と思われているハトの羽を千枚集めてきてほしい。Fの材料として必要としている。
依頼者 材料屋シンプルブラン』
「ハトが平和の象徴やて? なに言うとんや自分。そないな国、あるわけがないやんけ!」
 クマオが早速毒づいたが、サオリは逆に、毒づいたことに驚いた。日本では常識としてハトが平和の象徴だからだ。そういえば他の国では空飛ぶゴキブリとしてバイ菌扱いしているところもあると聞いたことがある。知識の違いは常識に大きな隔たりを生じる。
ーー日本に住んでてよかった、
 サオリは心から嬉しかった。
 修行には時間がかかる。サオリの今一番の悩みは、時間がかかりすぎるあまりに夜遅くなって、ママやミハエルに心配をかけてしまうことだった。だが、今回のクエストは移動時間が短くて済む。千枚という量は多いが、ハトの羽なんて浅草や上野公園に行けばいくらでも拾える気がする。さすがに一回行った程度では難しいと思うが、一日百枚くらいは拾えるだろう。今日は四月一日なので、クエストを成功させるには明日から始めても二週間。まあまあ余裕もある。修行をおこないながら収集すれば一石二鳥だ。
「やりたいです」
 サオリは何度も繰り返し巻物の内容を吟味した後でランゼに言った。
「ほほう。平和ハトの羽だーね?」
 サオリはうなづいた。
「沙織ー。だいじょーぶなんかー? どこにそないなもんがあんのか、わかっとんか?」
「うん!」
 サオリの一言で、クマオは不安そうな顔から一転して明るくなった。
「それなら問題なしや! 沙織とのリアルでの冒険がいよいよ始まるんやな」
 クマオのサオリに対する信頼には一片の曇りもない。ランゼは満足そうに続けた。
「それでは、契約を結ぶだーよ。加藤沙織。利き手を前に出しーて、オーラを」
 サオリはオーラを出して、右手を巻物に押し付けた。巻物に、サオリの小さくて指の長い手形がうっすらと浮かんでくる。その手形が完全についた時、ランゼが声を出した。
「よしー。これで契約は結べーた」
 自分の手のひらを見ると、小さなQRコードのようなものがついている。
「そのハンコがあれば、いつでも契約内容が読めるーよ。もーちろん、他クリーチャーには見えーない」
 サオリは痛くもなんともない手のひらを擦ってみた。
「見える?」
「何がや?」
「QRコード」
「全く見えへん。ほんまに契約成功したんか?」
 クマオはサオリの手を掴んでじーっと見つめた。
「それではハトの羽千枚。持ってきたら、また店に来るだーよ」
「はい。ありがとうございます」
 サオリは深々とお辞儀をして、すぐにクエスト屋をあとにした。

「運命と仲良くあらんことを」
 ランゼは言葉を伸ばさずに別れの言葉を送り、ゆっくりとした動作で二回大きく右手を振った。ただ、手を振る動作をした時にはすでにサオリは店を出て、十メートル先の角を曲がっていた。
 待っている人がいるので帰路への足取りは速い。サオリは、ギリギリ二十時に東京メソニックセンターに戻り、いつものように待っていてくれていたミハエルと共に家に帰った。
 お風呂でピーチーズのSNSを見たサオリは、今日がエイプリルフールだということに気づいた。
ーー嘘、つき忘れてたー。
 サオリはちょっと後悔したが、もう大袈裟な嘘をつく時間も体力もない。
「パパは生きてる」
 仕方がないので湯船の中で小さな嘘を呟き、ブクブクとやりながら顔を半分沈めた。
ーーこの嘘が本当になればいいな。
 サオリは、横で寝ているずぶ濡れのクマオの頭を一回潰してからお風呂を出た。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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