第23話 Bad Luck,Cat,Black  (不吉な黒猫)

文字数 2,129文字

 ブン。
 ネーフェの人差し指から、普通は出ない大きな電子音が聞こえる。一発芸で出したらウケそうだ。
「ここからは優しく出来ません。覚悟してください」
 ネーフェは言った後にためらい、小さなため息をついた。
「はあ。こんな優秀な諦めない人間に育てしまて。学校が誇る二大才女に諦めることも大事だということを教えておけばよかたです」
「ま、待て待て。流石にそれはやりすぎやろ。ネーフェ。一度考え直せ。なっ?」
 サオリもアイゼンもやる気になっている。だが、なぜか先ほどまであれほどやる気だったクマオが震えている。やけに饒舌だ。
「ほら。あれやろ。ネーフェ。確かに沙織の持つ腕輪からは沸き立つようなオーラが出とる。誰が見ても明らかにエスキューブランクやいうのもわかる。せやけど、な。これはホープやなくてドープやで? 沙織以外誰も使えへんし、沙織自身も使い方を知らへん。幻脳ウィキを見てみるか? ほら。ホンマやで」
「本当ならあなたがフロイライン沙織の腕輪を私に渡してくださればいいでしょう。そうしてくださらないのならばやはり…」
 ネーフェがサオリににじり寄る。
「やめろ!」
「ダメや!」
 ネーフェに向かって走り出したアイゼンと、サオリの腕でもがくクマオが同時に叫んだ。アイゼンに気づいたネーフェは人差し指を軽く振る。二メートル近い距離があったが、アイゼンは何かしらの殺気を感じて素早く後方に飛び退った。
ーー何もない?
 否。
 一瞬遅れて、愛染の二の腕から血が滲み出してきた。
 制服が裂かれている。どうやら二の腕の内側にある尺側皮静脈を斬られたようだ。
ーーまさか本当に使うことになるとは思わなかった。
 ネーフェは心苦しそうだ。アイゼンは何が起きたかわからなかったが、すぐに竹刀の袋を使って直接圧迫止血法をとった。ミハエルから習った緊急処置だ。腕を縛りながら、先ほどとは何が違うのか、何を見落としているのかと、ネーフェを見ながらじっと確かめる。戦闘不能になったアイゼンには構わず、ネーフェはサオリに半身の態勢で話しかけた。
「フロイライン愛染に怪我をさせてしまいましたか。エントシュルディグング。この技は本当に手加減ができないのです。諦めて腕輪を返していただけないでしうか? そして、明日からは何事もない毎日をまた過ごしましう。フロイライン沙織」
 サオリは迷った。大事なクルクルクラウンを失いたくはない。だが、アイゼンを失うのだとしたらそんな物はいらない。けれども、先ほど愛染に言われた「対等で無くなる」という言葉の意味はとても重要だと思っていた。アイゼンならば勝つまで諦めず、負ける時は死ぬ時だと心に決めるだろう。サオリも大事なものを失うくらいなら自分の命なんてどうでもいいと思う気持ちで物事に取り組む時もある。学校で一番の成績を取るために、吐いても勉強した覚えは何度もある。ボルダリングで指の骨を折ったまま最後まで登り抜いたこともある。上手くなるためだったら何だって厭わない。
 ただ、今回はアイゼンの命がかかっている。もし命が無事でも、アイゼンの顔に一生消えない傷でもついたら今後の人生に大きく影響を与えてしまう。自分のせいだと思ったら目を合わせて話せなくなってしまう。自分を貫くために借りを作るのは嫌だったが、もし自分がネーフェにクルクルクラウンを渡してしまったら、アイゼンと自分との間には二度と埋められない深い溝ができてしまうような気もする。でも、やはり命には…。
ーーどうしよ…。
 サオリの迷いを打ち払うように、アイゼンはキレイな姿勢で立ち上がって大声をあげた。
「大丈夫だ、沙織! 見えない何かに切り裂かれたがもう間合いがわかった! 間合いさえわかれば見えなくても問題ない!」
 サオリもそうだが、仙術では一ミリ以下の単位で動きの誤差を無くす修行を積む。特にアイゼンの見切りは天性のものがある。サオリは少し安心した。が、クマオは慌てたまま早口でまくし立てる。
「ちゃうねん! ネーフェはある程度自由にソードの長さを変えられんのや!」
「どれくらい?」
「わからんがネーフェの足元に糸が垂れ下っとるのがわかるやろ。糸を使ってオーラソードを作り出しとるんや。ネーフェのオーラ量から考えて三メートルはいける思うで」
ーーじゃあ三メートルの高速剣を持っていると想定して闘ってみよう。
「沙織。背後に回って椅子を投げて!」
 叫ぶと同時にアイゼンも窓際に移動し、近くの椅子を掴んでネーフェに投げつけた。だが、ネーフェも大したものだ。普通なら椅子が邪魔になるので手で払うものだが、ダメージを与えられないことがわかっているので、ただアイゼンとサオリの動きだけに注視している。
ーーダメか。
 意を決したアイゼンが、今度は机を二卓投げた。机で影を作り、一気にネーフェの懐に潜り込もうという作戦だ。懐にさえ入り込めればタクトで攻撃することが出来る。しかし、クマオの目には何かが見えたのだろう。絶対にこれは失敗する、というような確信を持った悲鳴をあげた。
「やめろーーーーーーーー!」
 低い体勢で突進しようとするアイゼン。ネーフェは指揮者のように右手を大きく振り上げた。
 不吉を告げる黒猫が一匹、音楽室に迷い込んできた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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