第71話 Scroll of Destiny (運命の巻物)
文字数 3,821文字
ーー順調といえば順調なんだけど。
修行の帰り道。
いつも走って帰宅するサオリは、今日は走らず、のんびりと考え事をしながらリアルに向かって宰相通りを歩いていた。あれから一週間。徐々に剣と一体化するということはどういうことかということが分かり始めているような気がする。
ーーねっ。レストーズ。
モフフローゼンからもらった黒棒に話しかける。サオリは自分と一体化させるため、常に黒棒を持ち歩いていた。だがそれだけでは飽き足らず、今ではブラックジャックに似ているその形状から右手の棒をブラックイーン、左手の棒をブラッキングと呼び、この一週間でクイーンのQとキングのKでキューケーちゃん。さらには二本を合わせて『レストーズ』と名付けるまでになっていた。顔を書いて擬クリーチャー化もした。
学校にも通いながらもここまで濃密な修行ができていることにサオリは満足した。けれども、こんなにも順調なのにアイゼンには引き離されていく。あと一週間でおとずれるゴールデンウィークに、アイゼンはKOKの正規メンバーになるだろう。失敗したところを見たことがないので、入団試験に合格することも間違いはない。ただサオリにも意地がある。
ーー早くMA十秒以内とオーラソードの課題をクリアして、ギンさんの上級クエストに同行させてもらうんだ。
目標を早く達成するために、ゴールデンウィークも修行漬けの毎日を送るつもりだ。やらなければできるようにはならない。
宰相通りはいつも通り、ちょうどいい明るさで照らされている。そのちょうどいいが自分の気持ちに照らし合わせてみるとちょうど良くない。そういう時も人間にはある。夜の時間が少ない北欧では自殺の死亡率が高いという話も聞いたことがある。行ったことはないが、リアルカディアには夜を販売している店もある。
ーー東京には夜があってよかった。早くうちに帰りたい。今日はママが帰ってきてる。ママに会いたい。
ふと顔を上げると、クエスト屋ランゼライオンの近くにいた。
ーーそういえば…、新しいクエストあったら受けとこかな。
リアルカディアへの定期代以外にも、コスプレ屋コスモスアイデンティティで衣装をスクラップしないとならないし、できたらインスタントジュエルを増やしてバリエーションも増やしたい。オーラソードが出来るようになったら棒屋スリープグッボーイで、練習用ではなく自分にあった武器も欲しい。
ーーなるべくたくさんクエスト受けとかないと、ピッピいくらあっても足んない。
「クマオー。ちょっとランゼさんとこ寄っていい?」
「いいで。ワイ、あっこの大道芸見ててええか?」
道路の角にはクリーチャーだかりができており、ピエロがジャグリングをしている。サオリがうなづくと、クマオは短い足をちょこまかと動かしながら、大道芸を見ているクリーチャー垣に嬉しそうな後ろ姿と共に消えていった。サオリはクエスト屋ランゼライオンの扉を開けた。
「こんにちはー」
店は小さい。いつもなら、サオリの小さい声でもすぐにランゼが体を引きずりながら奥の部屋から出てくるものだ。だが、今日はなぜか出てこない。
ーーおかしいな。
クリーチャーの中には眠るクリーチャーもいるが、ランゼは寝ない種類のクリーチャーだ。
ーー今までこんなことなかったのに。ご飯でも食べてんのかな?
サオリはカウンターの奥にある部屋を覗いてみようかと思った。ただ、相手のプライベートを勝手に覗くのは失礼だ。迷ったのでもう一度、今度はカウンターに上半身を乗せ、少し背伸びしながら奥の部屋に聞こえるように声を出した。
「ごめんくださーい」
やはり返事がない。
と、いつもは何も置いていないカウンターに一本の巻物が寝転がっていた。いつも踊ってる巻物だが、今日は珍しく動いていない。
ーーあら。スクロールマンが寝ることもあんのね。
サオリはチラリと横目で見たが、自分が受注したクエストではないので気にしないようにした。
ーーそれよりランゼさん、いないのかなあ。
奥の部屋に向かって近づいてもう一度、サオリにしてはかなり大きな声でランゼを呼ぶ。肘が当たったのだろうか。その時、カウンターから巻物が転げ落ちる音がした。振り返ると落ちた巻物が広がっている。
ーー中を見ないようにしなきゃ。
サオリは巻物を元どおりにしてようと思ってしゃがみ、巻物に手をかけ、ペルシャ絨毯を巻くように両手で巻物に手をかけた。
ーーえ?
動きが止まった。サオリは図像記憶法という仙術の速読法をマスターしている。文章を文字ではなく、形として覚える速読法だ。一度頭の中に入れて、後から頭の中で形を文字として認識し直す。サオリは知らず知らずのうちに、さっき巻物が落ちた一瞬で中身を理解してしまっていた。
ーーパパ?
サオリの脳内からランゼと道徳がいなくなった。勝手に見てはいけないという高貴な気持ちもいなくなった。いつの間にか巻物を拡げ直して内容を確認している。それはこんな内容だった。
『Dランククエスト
報酬: 一千万ピッピ(別途費用)
任務: 研究者・遺跡の護衛
場所: オーストラリア・ウルル
期日: 四月三十日〜五月五日予定
詳細: カートゥーン・ポテト事件の全貌と、カトゥーの生死を確認する調査隊が結成される。本クエストは調査隊と遺跡の護衛を任務とする。調査は事件以降初めて許可されるもので、アボリジナルとオーストラリア政府の立会いのもとでおこなわれる。次にいつ認可されるかはわからない。極秘任務のため極めて少人数となる。機密性の高いクエストゆえ、チームメンバー以外に対しては他言無用とする。
依頼者: ドーラ会首魁 マルネラ・ドラコフスキー』
ーーカトゥーて…。アタピのパパだよね…。
再度しっかりと巻物を見たが間違いない。
ーーパパがいなくなった場所に行って、パパがなぜいなくなったのかを探る研究者たちの護衛だなんて。アタピが行きたくないはずがないよ。しかもゴールデンウィーク。
けれどもサオリはランクを見て、喜びから一転ため息をついた。
ーーDランク…。
サオリはまだFランクだ。ふたつ足りない。クエストは誰かが契約をすると、他の人は出来なくなるものが多い。今すぐ自分が契約できないなら、明日にでも誰かが契約してしまうだろう。
ーーそういえば、もうすぐアイちゃんがDランクになるってギンさん言ってた。もしなってたら、相談してみよかな。
床にかがんで考えていると、クエスト屋の扉が開いた。
「沙織ー。なんかええクエストあったかー?」
サオリは慌ててクマオを見た。
「どないしたん? そないしゃがみこんで。もしかしてワイ目線になっといてくれたんか? 優しいやんか」
軽口に乗らないサオリに疑問を抱き、クマオは改めてサオリの顔を見た。
「ん?」
クマオは、サオリの足元に巻物が広がっているのを見つけた。
「おっ! 新しいクエスト決まったんか? 今度はどんなんや? いつも踊って偉そうなソーセージ野郎が今日は寝転がっとるなんて、リアルではいま夜だってわかってるんか?」
見ようとするクマオを、サオリは掴んで引き離した。
「お?」
サオリは真剣で怯えていて…、一言では言い表せないほど複雑な表情をしている。
「どうしたん?」
「どうしよう?」
サオリは基本的に、全てを自分の責任において、即断即決即行動を心がけている。あまり誰かに相談することがない。そのサオリがこんな顔をして相談をしてくることに、クマオは喜びを覚えた。だが同時に、責任は重大だと思い、すぐに真面目な顔で返す。
「話してみ」
「アタピ、この転がってるクエストやりたいの。でもランク足りない…」
クマオは巻物を読んで腕を組んだ。
ーーなるほど。これはやりたい。止めてもやるやろし、ワイも行ってみたい。
「ええなー。愛染にも相談してみたか?」
「まだ。でもまだアイちゃんEランクて聞いた……」
サオリはそれでもアイゼンに頼みたい気持ちがあった。アイゼンならランクが足りなくても何か考えてくれるかもしれない。それに、もしサオリがアイゼンに頼み事をされたら、尻尾ふりふり喉はぁはぁ言いながら喜んで引き受けるだろう。そして、逆もまた然り、だろう。
けれどもサオリは、クマオに言われて急に躊躇の気持ちが顔を出した。アイゼンに頼ると、何がではなく自分が負けたような気がする。クマオからも、愛染の方が凄いやろ? そんなの周知の事実なんやと言われているような気がする。アイゼンの喜ぶ顔が目に浮かぶほど、アイゼンを頼りたいという気持ちは激しく拒否された。クマオは気づかない。
「そんなら銀次郎に聞いてみればええんやないか? あいつは確かDランクやで」
ーーギンさんか…。
サオリの頭の中にもその考えは浮かんでいた。けれども、まだオーラソードが出来るようになっていないので躊躇していたのだ。
だが、クマオに言われると再考する余地があるとわかる。今すぐDランクにはなれない。アイゼンにも頼れない。ただ、オーラソードとモードアルケミスト十秒以内は、なにかきっかけがあれば今すぐにでもできるかもしれない。現にアイゼンやギンジロウは一週間でクリアしたのだ。自分にだって可能性がある。
このクエストを受けないという選択肢はもはや一欠片も、量子顕微鏡で調べても見つからないくらい一欠片もなかった。
ーーそうしよ。
サオリの表情の変化を見て、クマオは腹ポケットから自分のPカードを取り出した。
修行の帰り道。
いつも走って帰宅するサオリは、今日は走らず、のんびりと考え事をしながらリアルに向かって宰相通りを歩いていた。あれから一週間。徐々に剣と一体化するということはどういうことかということが分かり始めているような気がする。
ーーねっ。レストーズ。
モフフローゼンからもらった黒棒に話しかける。サオリは自分と一体化させるため、常に黒棒を持ち歩いていた。だがそれだけでは飽き足らず、今ではブラックジャックに似ているその形状から右手の棒をブラックイーン、左手の棒をブラッキングと呼び、この一週間でクイーンのQとキングのKでキューケーちゃん。さらには二本を合わせて『レストーズ』と名付けるまでになっていた。顔を書いて擬クリーチャー化もした。
学校にも通いながらもここまで濃密な修行ができていることにサオリは満足した。けれども、こんなにも順調なのにアイゼンには引き離されていく。あと一週間でおとずれるゴールデンウィークに、アイゼンはKOKの正規メンバーになるだろう。失敗したところを見たことがないので、入団試験に合格することも間違いはない。ただサオリにも意地がある。
ーー早くMA十秒以内とオーラソードの課題をクリアして、ギンさんの上級クエストに同行させてもらうんだ。
目標を早く達成するために、ゴールデンウィークも修行漬けの毎日を送るつもりだ。やらなければできるようにはならない。
宰相通りはいつも通り、ちょうどいい明るさで照らされている。そのちょうどいいが自分の気持ちに照らし合わせてみるとちょうど良くない。そういう時も人間にはある。夜の時間が少ない北欧では自殺の死亡率が高いという話も聞いたことがある。行ったことはないが、リアルカディアには夜を販売している店もある。
ーー東京には夜があってよかった。早くうちに帰りたい。今日はママが帰ってきてる。ママに会いたい。
ふと顔を上げると、クエスト屋ランゼライオンの近くにいた。
ーーそういえば…、新しいクエストあったら受けとこかな。
リアルカディアへの定期代以外にも、コスプレ屋コスモスアイデンティティで衣装をスクラップしないとならないし、できたらインスタントジュエルを増やしてバリエーションも増やしたい。オーラソードが出来るようになったら棒屋スリープグッボーイで、練習用ではなく自分にあった武器も欲しい。
ーーなるべくたくさんクエスト受けとかないと、ピッピいくらあっても足んない。
「クマオー。ちょっとランゼさんとこ寄っていい?」
「いいで。ワイ、あっこの大道芸見ててええか?」
道路の角にはクリーチャーだかりができており、ピエロがジャグリングをしている。サオリがうなづくと、クマオは短い足をちょこまかと動かしながら、大道芸を見ているクリーチャー垣に嬉しそうな後ろ姿と共に消えていった。サオリはクエスト屋ランゼライオンの扉を開けた。
「こんにちはー」
店は小さい。いつもなら、サオリの小さい声でもすぐにランゼが体を引きずりながら奥の部屋から出てくるものだ。だが、今日はなぜか出てこない。
ーーおかしいな。
クリーチャーの中には眠るクリーチャーもいるが、ランゼは寝ない種類のクリーチャーだ。
ーー今までこんなことなかったのに。ご飯でも食べてんのかな?
サオリはカウンターの奥にある部屋を覗いてみようかと思った。ただ、相手のプライベートを勝手に覗くのは失礼だ。迷ったのでもう一度、今度はカウンターに上半身を乗せ、少し背伸びしながら奥の部屋に聞こえるように声を出した。
「ごめんくださーい」
やはり返事がない。
と、いつもは何も置いていないカウンターに一本の巻物が寝転がっていた。いつも踊ってる巻物だが、今日は珍しく動いていない。
ーーあら。スクロールマンが寝ることもあんのね。
サオリはチラリと横目で見たが、自分が受注したクエストではないので気にしないようにした。
ーーそれよりランゼさん、いないのかなあ。
奥の部屋に向かって近づいてもう一度、サオリにしてはかなり大きな声でランゼを呼ぶ。肘が当たったのだろうか。その時、カウンターから巻物が転げ落ちる音がした。振り返ると落ちた巻物が広がっている。
ーー中を見ないようにしなきゃ。
サオリは巻物を元どおりにしてようと思ってしゃがみ、巻物に手をかけ、ペルシャ絨毯を巻くように両手で巻物に手をかけた。
ーーえ?
動きが止まった。サオリは図像記憶法という仙術の速読法をマスターしている。文章を文字ではなく、形として覚える速読法だ。一度頭の中に入れて、後から頭の中で形を文字として認識し直す。サオリは知らず知らずのうちに、さっき巻物が落ちた一瞬で中身を理解してしまっていた。
ーーパパ?
サオリの脳内からランゼと道徳がいなくなった。勝手に見てはいけないという高貴な気持ちもいなくなった。いつの間にか巻物を拡げ直して内容を確認している。それはこんな内容だった。
『Dランククエスト
報酬: 一千万ピッピ(別途費用)
任務: 研究者・遺跡の護衛
場所: オーストラリア・ウルル
期日: 四月三十日〜五月五日予定
詳細: カートゥーン・ポテト事件の全貌と、カトゥーの生死を確認する調査隊が結成される。本クエストは調査隊と遺跡の護衛を任務とする。調査は事件以降初めて許可されるもので、アボリジナルとオーストラリア政府の立会いのもとでおこなわれる。次にいつ認可されるかはわからない。極秘任務のため極めて少人数となる。機密性の高いクエストゆえ、チームメンバー以外に対しては他言無用とする。
依頼者: ドーラ会首魁 マルネラ・ドラコフスキー』
ーーカトゥーて…。アタピのパパだよね…。
再度しっかりと巻物を見たが間違いない。
ーーパパがいなくなった場所に行って、パパがなぜいなくなったのかを探る研究者たちの護衛だなんて。アタピが行きたくないはずがないよ。しかもゴールデンウィーク。
けれどもサオリはランクを見て、喜びから一転ため息をついた。
ーーDランク…。
サオリはまだFランクだ。ふたつ足りない。クエストは誰かが契約をすると、他の人は出来なくなるものが多い。今すぐ自分が契約できないなら、明日にでも誰かが契約してしまうだろう。
ーーそういえば、もうすぐアイちゃんがDランクになるってギンさん言ってた。もしなってたら、相談してみよかな。
床にかがんで考えていると、クエスト屋の扉が開いた。
「沙織ー。なんかええクエストあったかー?」
サオリは慌ててクマオを見た。
「どないしたん? そないしゃがみこんで。もしかしてワイ目線になっといてくれたんか? 優しいやんか」
軽口に乗らないサオリに疑問を抱き、クマオは改めてサオリの顔を見た。
「ん?」
クマオは、サオリの足元に巻物が広がっているのを見つけた。
「おっ! 新しいクエスト決まったんか? 今度はどんなんや? いつも踊って偉そうなソーセージ野郎が今日は寝転がっとるなんて、リアルではいま夜だってわかってるんか?」
見ようとするクマオを、サオリは掴んで引き離した。
「お?」
サオリは真剣で怯えていて…、一言では言い表せないほど複雑な表情をしている。
「どうしたん?」
「どうしよう?」
サオリは基本的に、全てを自分の責任において、即断即決即行動を心がけている。あまり誰かに相談することがない。そのサオリがこんな顔をして相談をしてくることに、クマオは喜びを覚えた。だが同時に、責任は重大だと思い、すぐに真面目な顔で返す。
「話してみ」
「アタピ、この転がってるクエストやりたいの。でもランク足りない…」
クマオは巻物を読んで腕を組んだ。
ーーなるほど。これはやりたい。止めてもやるやろし、ワイも行ってみたい。
「ええなー。愛染にも相談してみたか?」
「まだ。でもまだアイちゃんEランクて聞いた……」
サオリはそれでもアイゼンに頼みたい気持ちがあった。アイゼンならランクが足りなくても何か考えてくれるかもしれない。それに、もしサオリがアイゼンに頼み事をされたら、尻尾ふりふり喉はぁはぁ言いながら喜んで引き受けるだろう。そして、逆もまた然り、だろう。
けれどもサオリは、クマオに言われて急に躊躇の気持ちが顔を出した。アイゼンに頼ると、何がではなく自分が負けたような気がする。クマオからも、愛染の方が凄いやろ? そんなの周知の事実なんやと言われているような気がする。アイゼンの喜ぶ顔が目に浮かぶほど、アイゼンを頼りたいという気持ちは激しく拒否された。クマオは気づかない。
「そんなら銀次郎に聞いてみればええんやないか? あいつは確かDランクやで」
ーーギンさんか…。
サオリの頭の中にもその考えは浮かんでいた。けれども、まだオーラソードが出来るようになっていないので躊躇していたのだ。
だが、クマオに言われると再考する余地があるとわかる。今すぐDランクにはなれない。アイゼンにも頼れない。ただ、オーラソードとモードアルケミスト十秒以内は、なにかきっかけがあれば今すぐにでもできるかもしれない。現にアイゼンやギンジロウは一週間でクリアしたのだ。自分にだって可能性がある。
このクエストを受けないという選択肢はもはや一欠片も、量子顕微鏡で調べても見つからないくらい一欠片もなかった。
ーーそうしよ。
サオリの表情の変化を見て、クマオは腹ポケットから自分のPカードを取り出した。