第78話 Jewel (宝石)

文字数 4,881文字

ーーどんな服装にしようかしらん。
 イラクサが服を探しに店内に戻ると、ギンジロウが服の間に隠れ、周りを見渡して小さく手招きをしている。
ーーあらん。さっきの野暮な子。
 イラクサは、男なら自分がエスコートしにくればいいのにと思いながらも、ギンジロウの誘いに乗った。
「坊や。どうしたの ?」
「沙織さんは戦闘用にどんな服を選んでいたんだ ?」
「うふーん。プロとして、顧客情報は教えられないのよーん」
 ギンジロウは細い目を大きく見開いた。
「そこを何とか教えてくれ」
「無理ねん。出来上がりを楽しみにしてらっしゃい」
 手をヒラヒラとさせて後ろを向いたイラクサの手をギンジロウが掴む。
ーーなに ? 強引すぎるわ。
 イラクサが振り向くと、ギンジロウは一歩近づいた。
「頼む。戦闘用だけでいい」
 ギンジロウはイラクサを睨んだ。悲痛な顔。
「沙織の命がかかっているんだ」
ーーそんな男らしい顔が出来るんじゃない。
 イラクサは感心した。
「坊や、名前はなんて言うの ?」
 ギンジロウはプロフィールを隠しているので、悪魔の右目は使えない。
「イノギン。井上銀次郎だ」
「覚えておくわん。沙織ちゃんには内緒でお願いね。バレたらプロとして失格になっちゃうから」
「ああ。わかった」
 ギンジロウは、まだイラクサから手を離さない。
「沙織ちゃんは、白くて、シンプルで、個性的な服を着るつもりよ。最初はジャージを戦闘用にしようとしてたみたいだけど、それじゃお洒落じゃないものねん。さ、離して頂戴」
 イラクサは手を外させようとした。
ーーやはり。戦闘用の服がどんなものか、アルキメストの戦いがどんなものか、沙織さんも、この人も、全くわかっていない。
 ギンジロウはさらに強くイラクサの腕を掴んだ。
「俺に沙織さんの服を買わせてくれないか ?」
「…あなた、どう見てもオシャレには見えないけど」
「オシャレではなく、戦闘用のコスチュームを着てもらいたいんだ」
「あなた、沙織ちゃんのコスチュームを持ってきたのん ?」
「いや。あれを売ってくれ」
 ギンジロウが指さした先には、鍵がかけられたショーケースがあり、中には白銀色のボディスーツが入っていた。
「あなた…、あれを知ってるのん ?」

「オリハルコンボディだろ。KOKから支給されたモノを、俺も使っている」
「そうじゃなくて。二億ピッピするっていうところよ」
「ローンが利くという話は確認している」
 イラクサは、奥にいるミノタウルスの店員を見た。彼が話したのだろう。
ーー何億が何十億だろうが、絶対に俺は、この服を沙織さんにプレゼントしたいんだ。
 ギンジロウは決意の目でイラクサを睨む。
ーーまったく。男じゃない。こうして少年は男になっていくのねん。
 イラクサは再び後ろを向いた。
「店員さん !」
 イラクサは振り返らずに言った。
「負けたわ、銀ちゃん。二億ピッピね。スタンダードスクラップの差額分は私が出しておくわん。それと、私の名前はイラクサ。女性の名前を呼ばないのは、紳士として失礼に値するわん」
「ありがとう。ありがとうございます、イラクサさん 」
「沙織ちゃん、喜んでくれるといいわね」
「沙織には内緒でお」
「皆まで言わなくてもいいわ。私、風流は心得ているの」
ーーやっぱ最後は無粋なのよねん。 
 イラクサは、幸せな気分でオリハルコンボディを持っていくための準備を始めた。

 三十分後。サオリとイラクサは、お互いの良いと思う服をそれぞれ持ち寄った。
「それじゃ、こっちに来てん」
 イラクサは細長い手をサオリの肩におき、カメラ室まで誘導する。カーテンに仕切られた部屋は暗く、プラネタリウムのようだ。真ん中に、サオリの背丈の倍はある大きなピンク色の宝石がぼんやりと光っている。

ーーおっきっ!!
「私があげたインスタントジュエリーよん。これから着替えをして、あそこに入ってスクラップすると、ひとつセットができるってわけ。隣の部屋にももうひとつ準備してあるわよん」
「着替え。どこ ?」
「あそこの角に宝箱のようなものが置いてあるのわかるん? あそこまで行って」
 サオリは言われた通りに部屋の隅に行った。
「それで右手を横に振るの」
 振ると、黒い闇がサオリの周りを囲って、試着室のようになる。
「それで着替えちゃいなさい」
 サオリは闇に隠れているとはいえ、こんな宇宙空間のような場所で脱ぐことが恥ずかしい。見られても平気なように、うまく着替えることにした。学校の制服の上から、ピーチーズにもらった、フードのついた黒いだるだるワンピースをかぶり、そこから中身を脱いだ。靴は黒いムートンブーツだ。『魔女の宅急便』や『魔法陣グルグル』の主人公をオマージュした、アルキメストというよりも魔法使いっぽい服装だ。自慢の美脚を見せたいためにワンピース丈は短めにし、しっかりとインナーパンツを履いている。 
ーーこれは、動きやすさが関係ないゴーストだからこそ着られる服装。可愛い。自撮りしたい。
 サオリは、ゴーストというセットがあってよかったと思った。
「どう? できたー?」
「はーい」
 サオリはうなづいてもわからないと思ったので、手を挙げて声でアピールした。
ーーもしかして。
 右手を再度水平に横に振ると、再び暗闇カーテンが開く。
ーーやっぱり。
 サオリは予想が当たって嬉しかった。
「あらーん。よくわかったわねー、て、お似合いじゃない。可愛いわーん。食べちゃいたいくらい」
 イラクサは大きな唇を横に広げた。
「あら、でも、顔は隠さなくていいのーん ?」
「やっぱ、つけなきゃダメかなー ?」
 サオリは、まだ顔を隠すことの重要性が感じられなかった。
「確かに、可愛いお顔が見えなくなっちゃうのは残念よねー」
「でもアタピ、できたら仮面つけたくない…」
「顔を見せていても本人と認識されないFとか、写真に映らないFとか、他人の外見になるFとかあって、私も持ってたら貸したいんだけど、今はちょうど在庫切れなのよねー」
「どこにあるんですか?」
「リアルカディアには無いけど、アリババマーケットには売ってるみたいよん」
「アリババマーケット?」
「そ。リアルにある、Fや価値の高い商品が揃ってるマーケットよん」
「どこにあるんですか?」
「ほら、私はリアルに行ったことないじゃない。だから地理勘もないし、わからないの。でもあるということは確かよん」
ーーいつか絶対行ってみよ。
 サオリは自分の外見が好きなので、なるべく見せたいと思っていたのだ。
「じゃあ、仮面を選ばなきゃいけな、あっ ! 待って」
 イラクサは、一度どこかに行ってからすぐに戻ってきた。
「あったあった」
 手には小さな丸いケースを持っている。
「別嬪社のファンデーション。前にもらったんだけど、私は自分のファンデーションが好きだからどうしようかなと思ってたのよん。沙織ちゃんの可愛い顔が見られるなら、このファンデーションあげるわ。塗ると本人だと認識されなくなるの」
ーーサイコー!!!
 サオリは両手を挙げて喜んだ。
「うふふ。これはゴーストだと効果無いから、後で渡すわね」
 イラクサはサオリの可愛い笑顔が見られて良かったと思った。やはり人間には笑顔が似合う。
「じゃあ、ジュエルの中に入って」
 サオリは、部屋の真ん中にある大きなピンクの宝石を触った。グミのような感触だが、中に入れる。沼に沈むように宝石の中に潜っていく。水中のようだが、液体というよりは固体に近い。不思議な感覚だ。風景がピンク一色になる。
ーー胎児になって子宮の中にいるみたい。もしくは、行ったことないけど宇宙空間に浮かんでるみたい。
「それじゃあ、行くわよん」
 イラクサは、ガラス窓で区切られた隣の部屋で、大きな機械のボタンを押す。
 ウィーン。
 作動音がして、部屋中の壁にピンク色の点が浮き出る。点は線となって宝石に降り注ぐ。サオリの入っている宝石をスキャンしているようだ。言葉らしき機械音が聞こえるが、この言葉はサオリにはわからない。宝石は徐々に小さくなっていき、最終的には、アイゼンからもらったブローチの、2番の花びらにしっかりと収まった。
「これで終わりよ。もうひとつもやりましょうか」
ーーあー、驚いた。
 ピンクの宝石を自分のブローチに収納し終えた。サオリは機械から軽々と跳び降り、イラクサの指示で次の部屋へと向かった。
 もうひとつのカメラ室は、宝石の色がアイゼンからもらった紫色だが、他には何も変わりない。真ん中に大きな紫宝石が浮かんでいる。奥の宝箱のような箱も、先ほどと同じ場所にある。
「私の選んだ服は、その箱の中に入ってるわーん」
 サオリは、先ほどと同じように着替える場所に行き、手でカーテンを作り、宝箱を開けた。中には白のライダースーツが一枚入っていた。ライダースーツにしては珍しく、フードがついている。露出の多すぎる服だと恥ずかしいと思っていたが、確かに露出は無い。ただ、シンプルなガーリースタイルを好むサオリにとって、これはあまりにも刺激が強すぎた。
ーーこりゃアイちゃんが着たら峰不二子だけど、アタピが着たら『キック・アス』の仲間か、『アベンジャーズ』のヴィランだよ。すっごく着たくない。
 ただ、新規探索欲求も同時に存在していた。こんな服は自分では選べないが、着させられるのなら仕方ないという言い訳もできる。
ーー約束があるしな。でも、ヤバすぎたらやめてもらお。
 迷った末、思い切って白いライダースーツに袖を通した。きついかと思ったスーツは意外と伸縮自在で、体にピタッとフィットする。後ろについているフードだと思っていたものがマスクになっていて、顔も全て隠してくれる。生地も思ったよりも厚めで、体の凹凸がはっきりと見える作りではない。細かい部分は隠れそうだ。
ーーま…。顔も見られないなら恥ずかしくはない…か。雑魚キャラ感満載だけど。
 サオリは着替えを終えた後で聞いた。
「イラクサさん。これ、ホントに着るの ?」
 イラクサは、意外というようなトーンで返す。
「そのスーツはアルキメストの多くが着てる服よーん。体の動きもオーラの動きも阻害しないオリハルコンという物質で出来ていて、沙織ちゃんの成長と意思に合わせて変化していく、この世に一枚しかない沙織ちゃん専用のスーツなの。もちろん下着も脱いで着るのよーん。高いんだから感謝なさーい」
 サオリは、自分が変態ではないのかと勘違いしそうになりながらも、なぜか雰囲気に流され、イラクサに言われるがままスクラップを終えた。イラクサがゴーストと間違えてたという体でスタンダードでスクラップしてくれたが、その値段の差額は払わなくてもいいということで、結局サオリは、二十万ピッピで二着のスクラップに成功した。スクラップ作業は結構疲れる。サオリは、最初こそ三種類のコスチュームセットをしたかったが、二種類でも充分に満足した。
 カメラ室を出てクマオに連絡すると、クマオはすぐに迎えに来た。
「ギンさんは?」
「ついさっき、用事ができたて行ってしもうたわ。沙織に伝えといてくれて」
 時計を見ると、いつの間にか二時間も経っている。忙しいギンジロウがいなくなる訳だ。
「また来てねーん」
 サオリは、店を出ても手を振り続けるイラクサに一度手を振って店の角を曲がった。曲がったところでようやく緊張が解ける。
「ふぃぃぃー」
「どうだったんねん?」
 クマオが聞く。
「ちかれ、たーーーー」
 サオリはファッションが大好きだが、こんなに喋って選んでを繰り返すと、全神経をすり減らすと思った。修行の方がよっぽど楽だ。
「帰るんか?」
「ううん。これからモフモフさんとこ行く」
「まだ修行するんか? もう結構遅いで」
「アルケミックネームを考えてもらおうかと思って」
「雅弘のカトゥーみたいなもんやな。そういえば沙織はまだあらへんな」
「うん。どんなのがいいかなー」
「それはモフフローゼンと考えなあかんな。けどワイやったら、マブにするけどな」
「マブダチのマブ?」
「せや」
ーーダシャンティ。
 サオリは聞かなかったことにして、ワンワン工房までの旅路を急いだ。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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