第25話 Knight of King DAVID (ダビデ王の騎士団)

文字数 4,002文字

 イノギンは腕時計を口元に寄せる。
「終わりました。入ってきてください」
 廊下で待機していたのだろうか。音楽室に五人の男が入ってくる。男たちは黒いスーツを着て、ゴツめのメガネをかけている。襟元には六芒星のバッチ。全員が大柄で、何らかの格闘技経験者であることは間違いない。雰囲気がある。
「ごくろう」
 顎鬚をたくわえた一番威厳のある男がイノギンの肩を叩いた。
 ロマンスグレーの長髪。年は四十を超えているだろう。高級店の入口にいる用心棒のようだ。体格も品も良く、そのうえ声も渋い。
「ギン。首尾はどうだ?」
「負傷者はいるけど死者はいません。倒れてるのはマグナ・ヴェリタスに所属していたクリスティアン・ゴッドロープ・ネーフェ。五十八歳。AFC。三年前からこの学校に就任している音楽教師です。ランクにしては弱かったので、引退してからは訓練をしていないように思います。おそらく計画性のない偶然の犯行じゃないですかね。所有Fはガイルタクト。SDF。Aランク以上は久しぶりです」
「タクトは愛染が持っとんで」
 クマオは窓際で休んでいるアイゼンを腕指した。
「よし。マルネはネーフェの身柄を確保。トーイはバチカン市国に連絡をしろ。ジェイは校長室に向かい、事情の説明と設備の弁償。ウーフは本部に連絡の後、車を門まで寄せて待機。俺とギンはFの回収をする。質問が無ければ動け」
「はっ!」
 男の指示で他の四人の黒服は一斉に動きだした。足音がそれぞれの方向へ去っていく。ネーフェは若い大男の肩に抱えられて音楽室から退場した。騒々しい空気の中、命令を下した男はサオリに近寄り右手を差し出した。
「ダビデ財団のモーゼという」
「加藤沙織」
 サオリは大人だからといって、初めて会うのに偉そうな態度をとられることが嫌いだった。なので、モーゼと同じく丁寧語を使わないで握手をした。小さな反抗期の抵抗だ。モーゼの手は大きい。
「小さな手だな」
 モーゼも同時にサオリの手を小さいと感じていたようだ。
「何事も対比やからな」
 クマオは自分の手を振って、もっと小さいことをアピールしている。
「他意はない」
 モーゼは手を離してクマオを一瞥した後、上から下までサオリの全身を見て、ぶっきらぼうに言った。
「こんなに小さな体でよく怪我もせずに無事でいられたな、という意味だ。怖かったろ?」
ーー初見は最悪だったけど悪い人ではないのかな?
 サオリは首を振った。イノギンが近づいてくる。
「あなたが加藤沙織さん?」
 サオリはうなづいた。
「カトゥーさんのお子様の?」
 カトゥーが沙織の父、加藤雅弘であることは疑いない。
「パパのこと知ってるの?」
「たくさんお話を聞いています」
「有名だったんですか?」
「ええ。俺の師匠はあの山中達也さんですが、同じくらい有名ですよ。師匠はカトゥーさんとライバルであり、大親友でもあったそうです。あ。あった、とか言うと、あいつはまだ絶対に生きてるって師匠に怒鳴られちゃうや」
ーー山中達也! ドームバルーン事件、暴れハンコック振り回し事件、第七の宇宙人事件…。他にも数多くの伝説を持っている日本人で一番有名な冒険家だ。アタピ、ヤマナカの胡散臭いとこが大好きなんだ。あの人とかパパとかは、この不思議な世界の住人だったんだ! てことは都市伝説だと思ってたあの冒険の数々は全部ホントにあったことなのかも…。
 イノギンは、尊敬するカトゥーの子供である沙織には礼儀を欠かさないようにしていた。けれども話してみてあまりにも小さく弱そうに見えたので、心のどこかでナメてしまったのだろう。つい思っていたことが口から出た。
「凄い人の子供だからもっとゴツイと思ってたら華奢で可愛いんだね」
「知ってる」
 サオリは自分が可愛いことを知っていたので何も考えずに即答した。イノギンはこの返答に一瞬混乱した。普通は「そんなことないです」とか謙遜するものなのに。
 だがこの混乱はすぐに好感へと変わった。好意を抱くと不思議なものだ。イノギンはまだ十九歳。恋心が発芽すれば緊張の花が咲く。頭の中は一面真っ白なお花畑になった。サオリはヤマナカについて考えることに没頭していた。
ーー沈黙が怖い。
 イノギンの口は勝手に動いた。
「あ、その、怖かった? もうあの、俺たちが来たから大丈夫なんで」
 声が小さすぎて集中して考えているサオリは気付かない。話すことが何も思い浮かばなくなったイノギンは任務の話をすることにした。
「沙織さん」
 サオリは名前を呼ばれてはじめて顔を上げた。
ーーうわっ、かわいい。
 イノギンは緊張しながら話を続ける。
「俺に腕輪を渡してください」
「どうするんですか?」
「KOKで保管しておきます」
ーー保管?
 サオリの悲しそうな顔を見て、すぐにイノギンは言葉を続けた。
「でも沙織さんが来たらいつでも見られるようにあの、しておきますんで」
ーー助けられたから思わず言いなりになってたけど、そもそもKOKってなに? この人たちって誰? それにアタピ、せっかく守ったクルリン渡したくないよ。
 サオリは左手首に巻いているクルクルクラウンをギュッと右手で握りしめた。イノギンは困った顔をした。
「今のままですと沙織さんが持っているだけで腕輪のありかがわかってしまうんです。しかもその腕輪は価値が高いんです」
「S3ランク?」
「なぜそれを知っているんです?」
 クマオがついうっかり口にしていたとは言えない。サオリは質問に質問で返した。
「ランクってなんですか?」
「あー」
 イノギンはどう言おうか迷ったが、結局は正直に言うことにした。
「俺たちが勝手にそういう評価をしてるっていうだけです」
「イノギンさんはクマオと知り合いなんですか?」
「いや。でもKOKは有名なのでクマオくんはご存知なんでしょう」
ーーゆーめい? ゆーめいってのは、ソニーとかトヨタのことを言うの!
 サオリは心の中でツッコミを入れながらも顔は平静を保った。
「KOKってなんですか?」
 サオリは一度疑問に思ったら質問が止まらない。イノギンもサオリと会話が弾むのは楽しい。知っている知識をついつい披露してしまう。
「UFOやUMA、オーパーツなんて言葉を知ってますか?」
「未確認な飛行物体や動物、時代的にあり得ない遺跡のことです」
「女子高生なのに博識ですね」
「雙葉生なので」
 好きになると相手の顔色をうかがってしまう。サオリは褒められることに対して少しも興味がないという顔だ。イノギンは脱線しないように注意して話を続けた。
「俺たちは世界中で発見されるあり得ないはずのモノを調査して封印している組織なんです」
「封印?」
「はい。普通の人は、この世界は普通に生活できて、いつまでも続くものだと思っているのかもしれません。けれどもそれは間違っています。いくつもの巨大組織が協力しあって世界のパワーバランスをコントロールしているからこそ、こうして続いているんです。けれども、沙織さんの持っている腕輪やネーフェのガイルタクトのように一人の人間に巨大すぎる力を与えてしまう道具があちこちにあると考えてください。ある日、誰かが気まぐれで世界を滅ぼせるようになってしまいます。そうならないためにKOKが管理しているんです」
「クルリンも巨大な力を持っているんですか?」
「多分そうでしょう」
「どんな力なんですか?」
「それはわかりません。今から調査する感じです」
ーー確かにイノギンさんの言うことは筋が通ってる。悪人が人を操れるなんて道具を持ったら、簡単に犯罪に使われちゃう。痴漢や人身売買、強盗や殺人も、誰かを操ることで簡単に実行できちゃう。そう考えると、今までそんなことに使用されなかっただなんて奇跡に近い。しぇんしぇーだからこそ悪いことに使われなかったのかもしれない。
 サオリはネーフェのことを、音楽家としても聖職者としても清廉な人間なんだなと改めて尊敬し直した。
「質問は以上ですか? それでは腕輪を俺にください。それと今回あったことはくれぐれも内緒でお願いいたします」
 渡す理由はわかった。だがクルクルクラウンを渡したくない。サオリは渋り、蚊の鳴くような声で返答した。
「アタピ、ネーフェしぇんしぇーから、腕輪を持ってると危ないからしぇんしぇーに寄越しなさいて言われた。イノギンさんと同じこと言われた」
ーーか、かわいい! 沙織さんの上目遣いなんてもう、ズルすぎるぞ!
 イノギンは黙っている。サオリは言葉を続けた。
「三年間一緒だったしぇんしぇーより、今会ったイノギンさんの方が信用できない」
「……なるほど」
 イノギンは腕を組んで押し黙った。
ーー嫌われたくない。
「そりゃそうですね」
ーーもっとずっと一緒にいたい。
 再度うなづく。
「おい。良い加減にしろ。腕輪が世界を滅ぼす力を持っていたらどうするんだ? コントロールもできないのではお前も危ないんだ。ギン。子供の理屈はどうでもいい。奪って帰るぞ」
 後ろで黙って聞いていたモーゼがサオリに近づく。が、イノギンは手で制してサオリに話した。
「確かに沙織さんが言うことは正しいのかもしれません。KOKという知らない団体が突然やって来て腕輪をよこせと言ってくるなんて、信用できないのかもしれません」
 サオリは微動だにしなかった。
「でもね、俺たちも茶番でこんなことをやっているわけではないんです。世界の平和のため、そして沙織さんのことを案じているからこそこんなことを言っているのです。それだけは信じてください」
 サオリは銀色のカブトごしにイノギンの奥二重で細い目をじっと見つめた。目は口ほどに物を言う。確かにイノギンの目は真実を話しているように感じとれた。そしてサオリに好意を抱いていることも見てとれた。
ーー正直な人なんだな。
 サオリはイノギンを信用はした。ただ、渡すことについてはやはり躊躇した。なんせクルクルクラウンはマサヒロの形見なのだ。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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