第57話 The Quest Shop (クエスト屋)

文字数 4,274文字

 修行ばかりの生活とはいえ、サオリがリアルカディアにたいして好奇心を持っていないなんてことが、あるわけなかった。
 リアルカディアは綺麗に区画整理されていて、ほとんどのものが水晶と大理石と鏡と水でできている街だ。富裕層のいる『小さな半円地区』内では、透明度の高い、カラフルな水晶で出来た建物が目立つ。職人・商人地区である『中くらい半円地区』では、透明度の低い建物が並んでいる。一般住居が並ぶ『大きな半円地区』へ行くと、質の悪い水晶にスプレーを吹きかけて色をつけている建物が見受けられる。
 サオリは、修行がひと段落したらリアルカディアを探検しつくしたいと思っていたが、初めて、単純で大変なことに気が付いた。ピッピがあまり無い問題である。
 ピッピとは、アルカディアとリアルカディアで使用できるお金のようなものだ。だが、リアルカディアに来るための定期クリスタル代が毎月一万五千ピッピかかるので、当初持っていた十万二千ピッピも後半分しか残っていない。このままでは、後四ヶ月でリアルカディアへ来られなくなる。それに礼儀として、モフフローゼンへの修行代もいずれは払いたい。
ーーこれは街ブラなんてしてる場合じゃないよ。それどころか、節約するだけでもいずれジリ貧になっちゃう。
 「未来のことを考えよ」という仙術の教えでは、「先のことを考えられない人間は獣と一緒だ」とまで言っている。それはロマンチではない。資産が増える保証を作らないと、生きることに不安を感じる。
 修行を開始して一ヶ月ほどたった三月後半、サオリはクマオにたずねてみた。
「クマオ」
「なんや?」
「クマオって、毎回アタピと一緒にダイバーダウンするでしょ? ピッピとかどうしてんの?」
「あー。ワイは女王陛下の犬やんか。ウイッシュにピッピはかからんねん」
「女王陛下ってそんなに偉いの?」
「あったりまえやんか! 全アルカディアを統べるお方やぞ」
 サオリは、以前クマオに言われたことを思い出した。
「そういえば、前にアタピのことを、女王陛下のお友達と言ってたことがあったじゃん? お友だちなら安くしてくれたりしないのかなー?」
「ダメやダメや。沙織はアルカディアンではなくリアリストやさかいに。それに定期クリスタル使用代は、KOKならではの格安価格やで」
「えー。じゃあ、女王陛下のお友達でいる利点て」
 クマオは、おかしなことを言っているという顔でサオリを見た。
「…沙織は、利点があるから友達なんか?」
 サオリは慌てて首を振った。
ーーただ、記憶にない相手とお友達と言われても、正直ピンとは合ってないんだよなー。ピンボケちゃん。
「でもクマオ。アタピ、ピッピがなくなったら、もうリアルカディアへ来られなくなっちゃうよ」
 言われてクマオも考える。
「んー。せやなー。アルカディアでは、ピッピは、相手の役に立つことをすれば自動的に増えるんやけど、こっちではどうすればええんかのぉ。ワイは可愛いから、アルカディアでは手を振るだけでピッピを稼げたもんやが、ここではそうでもないもんな。やっぱ、リアルカディアで店出すとかしかないんかな」
ーーそっか。クマオはアルカディアの住熊であって、リアルカディアについて詳しくないんだった。
 そう思った時、サオリの頭には、チャタローに聞いてみよう、という考えが浮かんだ。もちろん、モフフローゼンやミドリに聞いてみようという考えも先に浮かんでいた。けれども、錬金術を教わっている身でピッピ稼ぎもしたいなんて、なにか修行を舐めているように思われるかも知れないというちょっとした恐れが、その考えを打ち消していた。

 次の日。チャタローはサオリの修行についてきてはくれるが、修行が始まると、いつもモフフローゼンの家でのんびりとし、サオリの修業が終わるとすぐにどこかへ行ってしまう。
「チャタ!」
 行く寸前のチャタローに、サオリは声をかけた。チャタローは首だけ振り向く。
「教えてもらいたいことがあるの」
 チャタローは、小気味良く四本足を動かしながらサオリの元まで戻ってきた。サオリはチャタローの目を見て続ける。
「チャタ。アタピ、ピッピの稼ぎ方を知りたいの」
 チャタローはまだ口を開けない。うんともすんともニャーとも言わない。サオリはさらに話を続けた。
「定期クリスタル代が毎月一万五千ピッピかかるから、このままだとリアルカディアに来られなくなっちゃうの」
 チャタローは、止めていた足を進め、ゆっくりと塀の上をクリスタルパレスの方向に向けて歩き出した。サオリもついていく。
「チャタはどうやってピッピ稼いでるの?」
「俺は普通に、百萬猫から給料もらってるぜ」
ーーなんと意外なお給料制! 猫に誰かがお給料を出してるんだ!
 サオリはあっさりと、自分が稼げる方法への道を見失った。チャタローは話を続ける。
「だが、アルキメストの稼ぎ方なら知ってんよ」
「えっ!」
 サオリが見失った道は、二秒でまた見つかった。
「クエスト屋に行きゃあいい」
「クエスト屋?」
ーーそういえば以前、ギンさんが、アルキメストになったら連れてってくれる、って言ってたの思い出した。
「そ。クエスト屋に行けば、アルキメストにしかできない依頼を紹介してくれるぜ」
ーーそれいい!
 色々な依頼を受ければ、リアルカディアにも知り合いが増えるし、修行にもなるし、ピッピも稼げる。一石三鳥だ。 
「クエスト屋。どこにあるの?」
 チャタローは歩みを止めた。
「ここだ」
ーーここ?
 モフフローゼンの工場からそんなに離れていない宰相通り商店街。毎回通る道だが、リアルカディアには看板が無いので、何の店かはわかっていなかった。目の前にある建物は正方形で、クリスタルの壁に野原模様の壁紙が貼ってある。野原の壁紙は映像になっていて、名も知らぬ草が風に揺れていた。膝丈まで緑一色だ。
ーー最新技術だ。外国にこういうビルがあるってニュースで見た。
 サオリはワクワクしながら、クリスタルで出来た扉を押した。
 カランカラン。
 重めの鈴のような音。
「あーいよっ」
 おじさんの声が聞こえ、ずるずると引き摺るような音とともに、全身緑色の小柄な太ったクリーチャーが顔を出す。小さな丸眼鏡を額にかけ、体には棘がたくさんついている。硬くはなさそう。例えるなら、青い芋虫の皮膚のようだ。下半身が大きなナメクジのように膨らんでいる。
 おじさんは、サオリを見て驚いた。
「あーらまっ。お嬢ちゃん。新顔かい?」
「そうです。お仕事ください」
 サオリは不安だったからだろうか、知らず丁寧語で答えていた。
「どーれどれ。あーらまっ。お嬢ちゃん」
 おじさんは丸眼鏡をかけて、残念そうな声で続けた。
「お嬢ちゃんに紹介でーきるお仕事はーないよ」
「なんでですか?」
ーーまた年齢かなー。それとも女の子だからかなー。
 サオリは理由を聞いてみた。
「お嬢ちゃんに依頼できーるレベルの仕事が、一つーもないんーだよー」
ーーまた外見で物事を判断されている。
 サオリは否定した。
「アタピ、結構何でも出来ます。ドブ掃除でも草むしりでもいいんです。ピッピ欲しい…」
「そーいうんじゃなーいんだーよねー」
 おじさんは丸眼鏡を一度持ち上げた。
「加藤沙織。十六歳。リアリスト。日本の東京の四谷という地区に住んでいる。学校は雙葉学園、だーろ?」
「なんで?」
「と思ーうだーろ。お嬢ちゃんはまだー、自分の情報を隠すーこともでーきない。ランクが足ーりないんだよー」
「ランク?」
「ランクっていうのは…、そうだねー。さーすがにPカードは持っているようだーね。自分のPカードを開けるかい?」
「プーちゃん」
 サオリはうなづいて、Pカードを開いた。プットーが目の前に浮かぶ。
「そこの、自己紹介の欄を開いてごらーん」
 サオリがプットーにお願いする前に、おじさんが目をパチクリすると、空中にサオリの自己紹介ウインドウが勝手に浮き出てきた。
「そうそう。その、この部分ねー」
 おじさんが空中で手を動かすと、自己紹介ウインドウがいくつも開かれる。ウィンドウには、自分の特殊技能について書かれている。水泳Fランク、仙術Bランク、日本語Aランク、パルクールBランク、スポーツクライミングBランク、サパイバルゲームCランク…、錬金術ランク外。
 サオリはおじさんを見た。おじさんは無い首を縦に振る。
「ピッピは誰かの役に立ーつとそーの分貰える単位でー」
 サオリはますます真剣に、潰れたおじさんの目を見つめて聞き続けた。
「ドブ掃除や草むしりは、この国では、獄卒鬼がやってくーれるだろ。特殊なことは、アルカディアンがやった方が効率いーだろー。結果としてリアリストができるのは、アルカディアンが行けない、リアルで起こるクエストを解決することだけなんだー。リアルで起こるクエストといっても、普通のクエストでは無ーい。リアルカディアに依頼されるクエストは、アルケミストでなければ解決できないクエストだー。そのうえ、世界の行方を左右するようなクエストもあるー。だから、クエストにはGからSSSまでランクが設定されていてー、そこに達していないクリーチャーには、教えることもでーきないよー。リアルカディアにいるリアリストはほとんどがアルケミストだけど、お嬢ちゃんは、まーだアルケミストでも無いねー」
 サオリはPカードも自在に使っているし、自分ではすでにアルケミストだと思っていた。しかし、確かに免許も何も持っていない。
「どうやったらアルケミストになれるんですか?」
「それは、お嬢さんのお師匠さんに聞くといいだーよ」
ーーなるほど。外見に問題があるわけではなく、ただ単に錬金術の能力不足て訳か。だったら修行をもっとして、アルキメストとしてのレベルを上げればクエストができる。クエストができればピッピが手に入り、ピッピが手に入ればダイバーダウンの定期券を契約できるし、リアルカディアのあちこちにも遊びに行けるし、Pカードのウイッシュを増やすことだってできる。てことは、やっばアルキメストになれれば全ては解決するんだ。
 サオリは頭のモヤモヤが全てスッキリとした。
「わかりました! それじゃ、アタピがアルキメストになったら、改めてまたよろしくお願いします!」
 おじさんは顔を完全に崩して、泥のようにニコヤカに笑った。

 サオリが店を出てから、おじさんはひとりごちた。
「ふーん。あーれが女王陛下のお友達…。初めて見たけど、魅力的だーった。アルケミストになっーてまた来るの、楽しみだーな」
 サオリはますます熱を上げて錬金術の修行に没頭した。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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