第88話 Tete-a-tete (部屋に二人きり)
文字数 2,918文字
会議は1時間ほどで終わった。明日の約束をして、それぞれが自分たちの部屋へと戻っていく。サオリは、レストランの外に出て周りを見回した。
ーーなるほど。
私服を着ているが、軍人のような男たちがそこかしこにいる。よく見ると、レストランで食事をしている4人組の男もそうだ。目つきが違う。こんなにも多くの人が調査隊を守っているのなら、錬金術師さえ来なければ、安全は保証されているようなものだ。
調査隊の泊まる部屋は、サオリたちと同じ階にある。2階のいくつかの棟を、まとめて調査隊で借りているらしい。ギンジロウはアーサーに頼み、各部屋の扉にアラームをつけさせてもらい、さらに2階の廊下に、カメラやトラップを仕掛けておくことにした。
仕掛けを終えようとした時、ギンジロウはサオリに近づいた。
「沙織さん」
ーーん?
サオリは振り向いた。
「少し内密の話をしたいのです。いいですか?」
サオリは表情で了解した。
「じゃあ俺の部屋で、あっ」
ギンジロウは、言った後で慌てた。
「あ、沙織さんの部屋でもい……、し、あ」
ロビーではなく、ただ誰もいない場所で今回のクエストについて話したいだけだった。だが、この状況は、部屋で2人きりになろうとしているように思われる可能性がある。気がついた途端、ギンジロウは恥ずかしくなった。
サオリは、気を遣ってくれているのはありがたいが、何だかめんどくさいと感じた。こんな状況でギンジロウが襲ってくるような男だなんて、露ほども思っていない。
「どこでもいい」
ギンジロウの顔は明るくなった。
「じゃあ」
ギンジロウの明るい顔を見た瞬間、サオリは急に、自分の部屋に来られるのが嫌になった。慌てて付け加える。
「ギンさんの部屋」
「わかった」
ギンジロウは、どちらにせよ嬉しかった。だが、その気持ちを表情に出さないように努めた。サオリはその表情を見て、少しだけ気持ち悪いなと思ってしまった。
ギンジロウの部屋の前に着いた。少し変な雰囲気だ。サオリは、この空気がすごく嫌だった。だが仕方がない。部屋に入る。鍵を閉める。サオリの部屋とほぼ変わらない。大きなベッドと小さな机のセットがある、1人で使うには大きくて豪華な部屋だ。
ギンジロウは、盗聴されないように結界を張った。
ーーどこ座ろ。
サオリは、少し迷って椅子に座った。椅子は2脚あるが、広い部屋の中で隣り合っている。
ーーあそこに座るわけにはいかないよな。
ギンジロウは、必然的にベッドに腰掛けた。
サオリは、ミハエル以外でこんなに男性と近づくのは初めてだった。意識してみると緊張する。
「沙織さん」
ギンジロウは恥ずかしさを振り払った後、サオリの目をじっと見つめた。
「今回のクエスト、やはりやばい予感がします」
ーー???
サオリは、ギンジロウの言っている意味がわからなかった。400人の軍隊が守っているのだ。その中に突っ込んでくる相手なんているのだろうか。
確かに、もし強い錬金術師が攻めてきたら、普通の軍隊にはやられにくい。ただ、呼吸をしなければいけないという弱点があるので、炎や催涙弾や麻酔弾のような吸うと被害が出るものに対しては強くない。そして、そういう武器をジョージの指示で用意しているとも聞いた。
そもそも、錬金術師は1500人程度しかいない。サオリとギンジロウとジョージ。リアルで、3人の錬金術師が一堂に会しているだけでも珍しいくらいだ。何人もの錬金術師が一度に襲ってきたら危ないが、そんなことは流石にないだろう。
それに、一緒に修行をしていて思ったが、ギンジロウの戦闘力は、サオリが思う以上に優れている。Cランクといわれていたネーフェを瞬殺するくらいの強さだ。Dランクだが、ランク以上に強い。モード・アルキメストやオーラソードも使えるならば、単純な戦闘ならミハエルよりも強いのではないだろうか。そんなギンジロウが負ける姿なんて想像ができない。
サオリは首を傾げた。
ーーか、可愛い、い、いや、そんなことを考えている場合ではない。
ギンジロウは慌てて目線を落とし、慌て口調で忠告を続けた。
「よ、予感はあくまで予感なんですが、裏でなにか、大きな陰謀が動いているような気がするんです。Sランククエストで経験したことのある、複雑な計画の匂いがするんです」
ーーでもファンタジーを守るだけだったら、クマオポケットに入れて逃げればいいだけ。アタピ、逃げることには自信ある。ギンさんからだって逃げられると思う。
サオリはギンジロウに言われて考えたが、やはり怖さがよくわからなかった。そんな様子に気づいたギンジロウは、口を開きかけ、一度止め、考えて、再度口を開いた。
ーー人の考えは、変わる気がなければ変わらない。
「なので、もし万が一のことが起きたら、沙織はまず、自分の身の安全を考えて欲しい」
サオリはアイゼンにも同じように言われたことを思い出して、少し逆らいたい気分になった。だが、雰囲気を無視してギンジロウは話し続ける。
「どんな敵でもいい。なにかに襲われたら、誰かを守ろうと思う前にまず、必ずMAになってくれ。それから、MA中でも、アルキメストが来た時にはとにかく逃げて、まずは俺に知らせてほしい」
サオリは、嫌だなという気持ちになったが、今まで見せたことのない真剣な表情を見せるギンジロウに引き込まれた。
「この2点。守れないなら今すぐ帰ろう」
いつの間にかギンジロウは、サオリの目をじっと見ている。
ーー何か、説得力がある。
「わかりました」
サオリは、いつの間にか敬語でうなづいていた。ギンジロウは表情を緩めた。
「よかった」
ギンジロウは胸を撫でおろし、笑顔になった。
「それでは、沙織さんにプレゼントがあります」
ギンジロウは、机の上に置いてあった長方形の箱をサオリに差し出した。
サオリは、自分を指差して不思議そうな顔をする。
「はい」
サオリは受け取った。
ーーネックレスか時計かメガネが入ってそうなケースだな。
包み紙も何もない。開けると、レンズが黄色いサングラスが入っていた。そんなにオシャレなわけではない。サオリは、首を傾げてギンジロウを見た。
「それはEHF、イエローティアドロップです。身に付けておくと、エスゼロとしては認識されますが、加藤沙織としては認識されません。もちろん俺のように、そもそも知っている人には効果はありませんが、それさえかけておけば、例え沙織さんの知り合いに会っても、沙織さんとは思われなくなります」
ーーアタピの欲しかったやつ!
サオリは早速、サングラスをかけてみた。センスの悪いギンジロウにしては悪くない。おそらく、種類がそんなに無かったことが幸いしたのだろう。スーツに合う。
サオリは、サングラスをかけたままギンジロウを見た。
「似合ってます」
サオリは、サオちゃんスマイルではなく、自然な笑みが溢れた。
ーーアタピが言った一言を覚えていてくれて、わざわざ買いに行ってくれてたんだな。
「大切にします」
ギンジロウはお金と時間をかけて探したが、サオリの笑顔と一言で、自分の苦労が報われた気がした。
サオリはすごく嬉しかったので、帰ったら、特別なお礼の手紙を作ろうと思った。
ーーなるほど。
私服を着ているが、軍人のような男たちがそこかしこにいる。よく見ると、レストランで食事をしている4人組の男もそうだ。目つきが違う。こんなにも多くの人が調査隊を守っているのなら、錬金術師さえ来なければ、安全は保証されているようなものだ。
調査隊の泊まる部屋は、サオリたちと同じ階にある。2階のいくつかの棟を、まとめて調査隊で借りているらしい。ギンジロウはアーサーに頼み、各部屋の扉にアラームをつけさせてもらい、さらに2階の廊下に、カメラやトラップを仕掛けておくことにした。
仕掛けを終えようとした時、ギンジロウはサオリに近づいた。
「沙織さん」
ーーん?
サオリは振り向いた。
「少し内密の話をしたいのです。いいですか?」
サオリは表情で了解した。
「じゃあ俺の部屋で、あっ」
ギンジロウは、言った後で慌てた。
「あ、沙織さんの部屋でもい……、し、あ」
ロビーではなく、ただ誰もいない場所で今回のクエストについて話したいだけだった。だが、この状況は、部屋で2人きりになろうとしているように思われる可能性がある。気がついた途端、ギンジロウは恥ずかしくなった。
サオリは、気を遣ってくれているのはありがたいが、何だかめんどくさいと感じた。こんな状況でギンジロウが襲ってくるような男だなんて、露ほども思っていない。
「どこでもいい」
ギンジロウの顔は明るくなった。
「じゃあ」
ギンジロウの明るい顔を見た瞬間、サオリは急に、自分の部屋に来られるのが嫌になった。慌てて付け加える。
「ギンさんの部屋」
「わかった」
ギンジロウは、どちらにせよ嬉しかった。だが、その気持ちを表情に出さないように努めた。サオリはその表情を見て、少しだけ気持ち悪いなと思ってしまった。
ギンジロウの部屋の前に着いた。少し変な雰囲気だ。サオリは、この空気がすごく嫌だった。だが仕方がない。部屋に入る。鍵を閉める。サオリの部屋とほぼ変わらない。大きなベッドと小さな机のセットがある、1人で使うには大きくて豪華な部屋だ。
ギンジロウは、盗聴されないように結界を張った。
ーーどこ座ろ。
サオリは、少し迷って椅子に座った。椅子は2脚あるが、広い部屋の中で隣り合っている。
ーーあそこに座るわけにはいかないよな。
ギンジロウは、必然的にベッドに腰掛けた。
サオリは、ミハエル以外でこんなに男性と近づくのは初めてだった。意識してみると緊張する。
「沙織さん」
ギンジロウは恥ずかしさを振り払った後、サオリの目をじっと見つめた。
「今回のクエスト、やはりやばい予感がします」
ーー???
サオリは、ギンジロウの言っている意味がわからなかった。400人の軍隊が守っているのだ。その中に突っ込んでくる相手なんているのだろうか。
確かに、もし強い錬金術師が攻めてきたら、普通の軍隊にはやられにくい。ただ、呼吸をしなければいけないという弱点があるので、炎や催涙弾や麻酔弾のような吸うと被害が出るものに対しては強くない。そして、そういう武器をジョージの指示で用意しているとも聞いた。
そもそも、錬金術師は1500人程度しかいない。サオリとギンジロウとジョージ。リアルで、3人の錬金術師が一堂に会しているだけでも珍しいくらいだ。何人もの錬金術師が一度に襲ってきたら危ないが、そんなことは流石にないだろう。
それに、一緒に修行をしていて思ったが、ギンジロウの戦闘力は、サオリが思う以上に優れている。Cランクといわれていたネーフェを瞬殺するくらいの強さだ。Dランクだが、ランク以上に強い。モード・アルキメストやオーラソードも使えるならば、単純な戦闘ならミハエルよりも強いのではないだろうか。そんなギンジロウが負ける姿なんて想像ができない。
サオリは首を傾げた。
ーーか、可愛い、い、いや、そんなことを考えている場合ではない。
ギンジロウは慌てて目線を落とし、慌て口調で忠告を続けた。
「よ、予感はあくまで予感なんですが、裏でなにか、大きな陰謀が動いているような気がするんです。Sランククエストで経験したことのある、複雑な計画の匂いがするんです」
ーーでもファンタジーを守るだけだったら、クマオポケットに入れて逃げればいいだけ。アタピ、逃げることには自信ある。ギンさんからだって逃げられると思う。
サオリはギンジロウに言われて考えたが、やはり怖さがよくわからなかった。そんな様子に気づいたギンジロウは、口を開きかけ、一度止め、考えて、再度口を開いた。
ーー人の考えは、変わる気がなければ変わらない。
「なので、もし万が一のことが起きたら、沙織はまず、自分の身の安全を考えて欲しい」
サオリはアイゼンにも同じように言われたことを思い出して、少し逆らいたい気分になった。だが、雰囲気を無視してギンジロウは話し続ける。
「どんな敵でもいい。なにかに襲われたら、誰かを守ろうと思う前にまず、必ずMAになってくれ。それから、MA中でも、アルキメストが来た時にはとにかく逃げて、まずは俺に知らせてほしい」
サオリは、嫌だなという気持ちになったが、今まで見せたことのない真剣な表情を見せるギンジロウに引き込まれた。
「この2点。守れないなら今すぐ帰ろう」
いつの間にかギンジロウは、サオリの目をじっと見ている。
ーー何か、説得力がある。
「わかりました」
サオリは、いつの間にか敬語でうなづいていた。ギンジロウは表情を緩めた。
「よかった」
ギンジロウは胸を撫でおろし、笑顔になった。
「それでは、沙織さんにプレゼントがあります」
ギンジロウは、机の上に置いてあった長方形の箱をサオリに差し出した。
サオリは、自分を指差して不思議そうな顔をする。
「はい」
サオリは受け取った。
ーーネックレスか時計かメガネが入ってそうなケースだな。
包み紙も何もない。開けると、レンズが黄色いサングラスが入っていた。そんなにオシャレなわけではない。サオリは、首を傾げてギンジロウを見た。
「それはEHF、イエローティアドロップです。身に付けておくと、エスゼロとしては認識されますが、加藤沙織としては認識されません。もちろん俺のように、そもそも知っている人には効果はありませんが、それさえかけておけば、例え沙織さんの知り合いに会っても、沙織さんとは思われなくなります」
ーーアタピの欲しかったやつ!
サオリは早速、サングラスをかけてみた。センスの悪いギンジロウにしては悪くない。おそらく、種類がそんなに無かったことが幸いしたのだろう。スーツに合う。
サオリは、サングラスをかけたままギンジロウを見た。
「似合ってます」
サオリは、サオちゃんスマイルではなく、自然な笑みが溢れた。
ーーアタピが言った一言を覚えていてくれて、わざわざ買いに行ってくれてたんだな。
「大切にします」
ギンジロウはお金と時間をかけて探したが、サオリの笑顔と一言で、自分の苦労が報われた気がした。
サオリはすごく嬉しかったので、帰ったら、特別なお礼の手紙を作ろうと思った。