第95話<Same World> Michael’s Long Journey
文字数 3,132文字
同時刻。ユルル、エアーズロックリゾートのロータリーに、1台の赤い小型車が入ってきた。砂漠の中を走ってきたので細かい砂をたくさんかぶっている。
たいして珍しくもない光景だ。
車のドアが開き、運転席からは大男。続いて、茶斑の子猫が降りてくる。
ミハエルとチャタローだ。
ようやくユルルに到着した。
ミハエルはリアルカディアから追放されているために、イコン(窓)を使用することができない。オーストラリアまでは飛行機で来なくてはならなかった。
ゴールデンウィークだけあって直前の予約はなかなか取れなかったが、それでもキャンセルが出たために、運良く五月一日の最終便が取れた。そこから十時間。五月二日にシドニー国際空港で乗り継ぎをおこない、三時間ほどかけて、ようやくアリススプリングス空港へ向かった。
直接ウルルに行かなかったのには理由がある。アリススプリングスで、先にダイバーダウンしていたチャタローと合流する必要があったのだ。
チャタローと合流した後、この地でフリーメイソンから情報を得る案もあったが、部外者にKOKのことを簡単に教えてくれるフリーメイソンはいないし、事情を知っている者に出会えること自体が難しい。それよりも沙織がウルルへ行くことはわかっているのだから、直接ウルルで会えばいいと思った。
ミハエルは近くにあるハンバーガー屋さんでセットを頼んだ。ハエを中心とした虫たちが空気のように飛び回っている。だがミハエルは全く気にならなかった。むしろ久しぶりに日本を離れた開放感の方が先だった。
チャタローがミハエルのズボンの裾を引っ掻く。
ーーん?
見るとフライドポテトを欲しがっているようだ。
「すいません。ポテト、もう一つ追加で」
ミハエルはチャタローの分も追加した。
そこからすぐにレンタカーを借り、速度制限無視(良い子は絶対に真似しちゃダメだぜ)。無休憩。そして今に至る。
時計を見ると、五月二日もすでに十八時を少し回っている。太陽は先ほど隠れた。
ミハエルは聖地の場所を知っているので、明日はほぼ確実に沙織と合流できる。だが今日、今、沙織に何かが起こらないとも限らない。疲れて寝てたら死んでましたでは洒落にならない。かといってウルルは今の時間から向かっても時間的に入れない。
そこでミハエルは聞き込み調査をすることにした。アリススプリングスから移動するならば絶対にここを通過する。日本でさえ目立つ東洋の美少女がこの場所にいれば、それだけで目撃情報はあるはずだ。
ミハエルはしらみつぶしに、「日本人の少女を見なかったか」、「調査隊のようなものを見なかったか」と尋ね歩いた。だが、ホテルマンは顧客情報を教えたがらないし、観光客はサンセットツアーから帰ってきていない人が多い。それでもようやくミハエルは、沙織の映像を撮っていた旅行客を見つけた。
「見てくれよ。この子じゃないか? クールだからつい動画を回しちまった」
たくさんの大型車と軍車輌。紛れて二人の日本人が軍人と隊長らしき男と話をしている。
ーースーツを着てサングラスをかけているが、これは沙織だ。クマオも銀次郎もいる。間違いない。
「ありがとう。この子は私の娘なんだ」
鼻ピアスをした旅行客は、ふざけた調子で答えた。
「この子、白人じゃないぞ。本当にお前の子なのか ? でも、この子ももう大人なんだから、そんなに心配することはないと思うぜ。すっげークールだったし」
ミハエルは沙織が褒められたことが嬉しくて、彼と固い握手を交わした。映像は今朝、セイルズ・イン・ザ・デザートホテルの前で撮ったらしい。詳しい情報を得るために、ミハエルはホテルに入った。
一つ手がかりを得たことに安心したのかお腹が鳴る。ミハエルは自分のお腹が空いていることに気がついた。ホテル内のレストラン『イルカリ』に行く。ここでも情報を得ようとミハエルはボーイに声をかけ、チップを渡して聞いてみた。
「調査隊がここに泊まっていると聞いたのだが、本当か?」
小さな少女より調査隊の方が目立つので質問を変えたのだ。
「調査隊?」
ボーイは少ないチップを渡されたので、ナメた口調でミハエルを見上げたが、巨大な外見から急に口調を変えた。
「あ、ええ。昨日も、一昨日もここに来てました」
「スーツを着た日本人の少女はいたか?」
「一昨日はいました。後、昨日は日本人の男ならいました。調査隊はここに泊まってるみたいですし、いつも通りだとしたら、もう少ししたら来るんじゃないですかね」
「ありがとう」
ミハエルは、さらにチップを掴ませた。
ーーしかし、一昨日はいたけど昨日はいなかったなんて。もう手遅れだったとしたら。いや、そんなことはない。ありえない。ただ人見知りで部屋にいたとか、そんなもんだろう。いや。しかし。
ミハエルは考えれば考えるほど不安になって、いつまでも沙織が帰ってくるのを待ってみたが、沙織たちはホテルに戻ってくることはなかった。
ーーまさか、調査隊ごと全滅したということは無いよな。もしくは、本当はこのホテルでは無いところに泊まっているとか。例えば、今日からは聖地でキャンプをしているとか。
先ほどのボーイも、ミハエルのことを心配そうに覗いては「来ませんねー」と言ってくる。嘘をついているわけではないようなので、ミハエルは愛想笑いをしておいた。そのままレストランの閉店時間になった。
ーー本当はこのホテルに泊まりたいのだが、一泊五万円か。金がないな。
ミハエルは今日は諦め、近くのキャンプ場に車を止め、寝袋で睡眠を取ることにした。降り注ぐような星空を見ながら沙織のことを考えると、不安で仕方がない。ミハエルは寝つきの悪さを感じていた。だが、ここまで休憩無しで沙織を捜していたので疲れていたのだろう。いつの間にかしっかりと眠っていた。
次の日、七時に起きたミハエルは、再び沙織を探すことにした。車を走らすとすぐに、昨日情報をくれたボーイを見かけた。結局、あれだけ待ったのに調査隊一行はやってこなかったので、さぞかし会いづらい顔をするのかと思っていたが、むしろ会いたかったとでもいうように親しげに向こうから近づいてくる。
「おはようございます! 昨日は残念でしたね。実は今朝、出発前の調査隊に会いましたよ。だからそのうちの一人に、何で昨日来なかったのかを聞いたんです。そしたら、昨日はキャメルカップを観に行っていて、帰って来たのは零時過ぎだったそうです。運がないですねぇ。けれども、何日まで滞在するのか聞いたら、五日までいるって言ってました。なので、きっと今晩にでも会えると思いますよ。次は行くからよろしく、とも言われました」
「今朝会ったのか?」
「はい」
「少女はいたか?」
「俺もあなたに言われて、そこは注意して見ましたよ。確かにいました。間違いない」
ーー生きてたか。杞憂(きゆう)に終わって良かった。
ミハエルはひとまず安心した。なるほど。ボーイの言うことが本当ならば、今晩は必ず沙織に会える。ミハエルは、ボーイにチップを渡した。
「もし今晩調査隊が来たら、その少女に、あなたが探してたって伝えておきますよ」
ボーイは、「当然やるに決まっている」という顔をして自分の胸を叩いた。
ーーさて。
ミハエルは伸びをして、朝焼けのかかるウルルを眺めた。
ーー今晩会えるとはいっても、今日沙織の身に何かが起きるかもしれない。なるべく早く会えるに越したことはない。
ウルルへの登山が禁止になっていることはわかっているが、近くまで行っておけば何かがあった時に対応できる。
ーーとりあえず今日は、聖地の近くまで行ってみるか。
ミハエルはチャタローを乗せ、ウルルに向かって再び車を走らせた。
たいして珍しくもない光景だ。
車のドアが開き、運転席からは大男。続いて、茶斑の子猫が降りてくる。
ミハエルとチャタローだ。
ようやくユルルに到着した。
ミハエルはリアルカディアから追放されているために、イコン(窓)を使用することができない。オーストラリアまでは飛行機で来なくてはならなかった。
ゴールデンウィークだけあって直前の予約はなかなか取れなかったが、それでもキャンセルが出たために、運良く五月一日の最終便が取れた。そこから十時間。五月二日にシドニー国際空港で乗り継ぎをおこない、三時間ほどかけて、ようやくアリススプリングス空港へ向かった。
直接ウルルに行かなかったのには理由がある。アリススプリングスで、先にダイバーダウンしていたチャタローと合流する必要があったのだ。
チャタローと合流した後、この地でフリーメイソンから情報を得る案もあったが、部外者にKOKのことを簡単に教えてくれるフリーメイソンはいないし、事情を知っている者に出会えること自体が難しい。それよりも沙織がウルルへ行くことはわかっているのだから、直接ウルルで会えばいいと思った。
ミハエルは近くにあるハンバーガー屋さんでセットを頼んだ。ハエを中心とした虫たちが空気のように飛び回っている。だがミハエルは全く気にならなかった。むしろ久しぶりに日本を離れた開放感の方が先だった。
チャタローがミハエルのズボンの裾を引っ掻く。
ーーん?
見るとフライドポテトを欲しがっているようだ。
「すいません。ポテト、もう一つ追加で」
ミハエルはチャタローの分も追加した。
そこからすぐにレンタカーを借り、速度制限無視(良い子は絶対に真似しちゃダメだぜ)。無休憩。そして今に至る。
時計を見ると、五月二日もすでに十八時を少し回っている。太陽は先ほど隠れた。
ミハエルは聖地の場所を知っているので、明日はほぼ確実に沙織と合流できる。だが今日、今、沙織に何かが起こらないとも限らない。疲れて寝てたら死んでましたでは洒落にならない。かといってウルルは今の時間から向かっても時間的に入れない。
そこでミハエルは聞き込み調査をすることにした。アリススプリングスから移動するならば絶対にここを通過する。日本でさえ目立つ東洋の美少女がこの場所にいれば、それだけで目撃情報はあるはずだ。
ミハエルはしらみつぶしに、「日本人の少女を見なかったか」、「調査隊のようなものを見なかったか」と尋ね歩いた。だが、ホテルマンは顧客情報を教えたがらないし、観光客はサンセットツアーから帰ってきていない人が多い。それでもようやくミハエルは、沙織の映像を撮っていた旅行客を見つけた。
「見てくれよ。この子じゃないか? クールだからつい動画を回しちまった」
たくさんの大型車と軍車輌。紛れて二人の日本人が軍人と隊長らしき男と話をしている。
ーースーツを着てサングラスをかけているが、これは沙織だ。クマオも銀次郎もいる。間違いない。
「ありがとう。この子は私の娘なんだ」
鼻ピアスをした旅行客は、ふざけた調子で答えた。
「この子、白人じゃないぞ。本当にお前の子なのか ? でも、この子ももう大人なんだから、そんなに心配することはないと思うぜ。すっげークールだったし」
ミハエルは沙織が褒められたことが嬉しくて、彼と固い握手を交わした。映像は今朝、セイルズ・イン・ザ・デザートホテルの前で撮ったらしい。詳しい情報を得るために、ミハエルはホテルに入った。
一つ手がかりを得たことに安心したのかお腹が鳴る。ミハエルは自分のお腹が空いていることに気がついた。ホテル内のレストラン『イルカリ』に行く。ここでも情報を得ようとミハエルはボーイに声をかけ、チップを渡して聞いてみた。
「調査隊がここに泊まっていると聞いたのだが、本当か?」
小さな少女より調査隊の方が目立つので質問を変えたのだ。
「調査隊?」
ボーイは少ないチップを渡されたので、ナメた口調でミハエルを見上げたが、巨大な外見から急に口調を変えた。
「あ、ええ。昨日も、一昨日もここに来てました」
「スーツを着た日本人の少女はいたか?」
「一昨日はいました。後、昨日は日本人の男ならいました。調査隊はここに泊まってるみたいですし、いつも通りだとしたら、もう少ししたら来るんじゃないですかね」
「ありがとう」
ミハエルは、さらにチップを掴ませた。
ーーしかし、一昨日はいたけど昨日はいなかったなんて。もう手遅れだったとしたら。いや、そんなことはない。ありえない。ただ人見知りで部屋にいたとか、そんなもんだろう。いや。しかし。
ミハエルは考えれば考えるほど不安になって、いつまでも沙織が帰ってくるのを待ってみたが、沙織たちはホテルに戻ってくることはなかった。
ーーまさか、調査隊ごと全滅したということは無いよな。もしくは、本当はこのホテルでは無いところに泊まっているとか。例えば、今日からは聖地でキャンプをしているとか。
先ほどのボーイも、ミハエルのことを心配そうに覗いては「来ませんねー」と言ってくる。嘘をついているわけではないようなので、ミハエルは愛想笑いをしておいた。そのままレストランの閉店時間になった。
ーー本当はこのホテルに泊まりたいのだが、一泊五万円か。金がないな。
ミハエルは今日は諦め、近くのキャンプ場に車を止め、寝袋で睡眠を取ることにした。降り注ぐような星空を見ながら沙織のことを考えると、不安で仕方がない。ミハエルは寝つきの悪さを感じていた。だが、ここまで休憩無しで沙織を捜していたので疲れていたのだろう。いつの間にかしっかりと眠っていた。
次の日、七時に起きたミハエルは、再び沙織を探すことにした。車を走らすとすぐに、昨日情報をくれたボーイを見かけた。結局、あれだけ待ったのに調査隊一行はやってこなかったので、さぞかし会いづらい顔をするのかと思っていたが、むしろ会いたかったとでもいうように親しげに向こうから近づいてくる。
「おはようございます! 昨日は残念でしたね。実は今朝、出発前の調査隊に会いましたよ。だからそのうちの一人に、何で昨日来なかったのかを聞いたんです。そしたら、昨日はキャメルカップを観に行っていて、帰って来たのは零時過ぎだったそうです。運がないですねぇ。けれども、何日まで滞在するのか聞いたら、五日までいるって言ってました。なので、きっと今晩にでも会えると思いますよ。次は行くからよろしく、とも言われました」
「今朝会ったのか?」
「はい」
「少女はいたか?」
「俺もあなたに言われて、そこは注意して見ましたよ。確かにいました。間違いない」
ーー生きてたか。杞憂(きゆう)に終わって良かった。
ミハエルはひとまず安心した。なるほど。ボーイの言うことが本当ならば、今晩は必ず沙織に会える。ミハエルは、ボーイにチップを渡した。
「もし今晩調査隊が来たら、その少女に、あなたが探してたって伝えておきますよ」
ボーイは、「当然やるに決まっている」という顔をして自分の胸を叩いた。
ーーさて。
ミハエルは伸びをして、朝焼けのかかるウルルを眺めた。
ーー今晩会えるとはいっても、今日沙織の身に何かが起きるかもしれない。なるべく早く会えるに越したことはない。
ウルルへの登山が禁止になっていることはわかっているが、近くまで行っておけば何かがあった時に対応できる。
ーーとりあえず今日は、聖地の近くまで行ってみるか。
ミハエルはチャタローを乗せ、ウルルに向かって再び車を走らせた。