第72話 Select A Future (銀次郎の選択)
文字数 3,622文字
「今の聞いとったろ? プットー」
出てきたプットーに話をする。
「銀次郎と繋いでくれ。頼むわ」
「わかりました」
すぐにプットーの横に大きなスクリーンが浮かぶ。映っているのはギンジロウだ。
「おう。どうした?」
ギンジロウは偉そうな顔をしてスクリーンに映った。だが、こちらの様子が見えているのだろう。サオリの姿を見て一気に萎縮した。クマオは気付かず話を続けた。
「ワイ、今、ピンチなんや。親友の沙織が困っとんのに何もしてやれん。助けてくれんか?」
「それは大事なこと、だよな?」
「せや」
「そしたらちょっと待って。プットー。結界」
「了解です」
ブブン。
画像が少し乱れて、すぐに元に戻る。ミラー・イン・ザ・ウォーターによる結界だ。
「これでもう録音録画もできないし誰からも盗撮盗聴されない。いいよ」
「そしたらワイやなくて…、沙織!」
サオリはクマオのプットーの近くに寄った。ドアップなのに小さな顔。大きな瞳に大粒の涙が潤んでいる。爆発力はビッグバンレベルだ。
ーーこんなの、直接会ったら三回死ねる。
ギンジロウは画面越しで良かったと思った。
「ギンさん」
「は、はひ!」
修行の時以外は緊張するが、サオリは御構い無しだ。
「アタピ、どうしても行きたいクエストがあるの。でも、ランクがDランク…」
サオリは聞き分けの悪いタイプではない。ギンジロウがダメと言っているのにどうしても行きたいというのには、それだけの訳があるはずだ。
ーーただ、可愛いからといって、俺が守れないような危ないクエストにだけは絶対に連れて行かないぞ。
ギンジロウは固い決意を持って沙織の話を聞くことにした。
「どんなクエストなんです?」
「アタピの…パパの…」
サオリはそこまで言って黙ってしまった。
ーー沙織さんのパパ? カトゥーさんの?
ギンジロウは、サオリの下に広がっている巻物に目をやった。こんなふうに巻物が転がっている光景を見たことはない。なにかがおかしい。
「沙織さん。その転がっている巻物、見せてもらえる?」
クマオのプットーが巻物に近寄った。ギンジロウは内容を見た。
『Dランククエスト(ただし、女王陛下のお友達は受諾可能。上限はAランクまで)
報酬: 一千万ピッピ(別途費用)
任務: 研究者・遺跡の護衛
場所: 依頼を受諾した者のみ閲覧可能
期日: 四月三十日〜五月五日予定
詳細: 依頼を受諾した者のみ閲覧可能
依頼者: ドーラ会首魁 マルネラ・ドラコフスキー』
ーーこっ、これは!
ギンジロウは驚いて何度も何度も読み、何度も何度も考えた。
「どうですか?」
疑問に思う点がたくさんあるのでサオリに聞く。
「なぜ、これがカトゥーさんと関係あると思うのです?」
「だって、詳細に書いてある…」
ギンジロウに詳細は見られない。見られないが依頼者がどんな人物なのかはわかる。芸術と強奪の王、マルネラ・ドラコフスキー。世界一有名な怪盗ギルドであるドーラ会の首魁にして、カトゥーの兄貴分だ。そのドラコフスキーの依頼ならば、これがカトゥーに関するクエストだという可能性は十分にありえる。ただ、サオリが受諾もしていないうちに詳細が読めて、カトゥーに関するクエストだとわかっているなんて明らかにおかしい。
ーーもしかして、沙織さんは自分でも気づかないうちにこのクエストを受諾できているのでは…。
ギンジロウは不安を押さえ、詳細が見えているふりをした。
「なるほど。じゃあなんで、一人でなく、俺を呼んでくれたんです?」
「だって、アタピ、Dランクじゃない…」
ギンジロウは続けようとして考えた。もしかしたらサオリには、「女王陛下のお友達は受諾可能」という一文が読めていないのかもしれない。
ーーこれは賭けだ。
「もし俺が手助けしないと言ったら、沙織さんはどうするんですか?」
「ギンさん助けてくれなくても、アタピは行きます」
「でもランク不足で行けませんよ」
「でも、アタピの前に出てきたから行けるかもしれない。できなくても、細かい場所はわかってるからそこまで行ってみます」
実際のところ、サオリは女王陛下のお友達なので、契約しようと思えばできてしまう。詳細が読めているところを見ると、やはりサオリは契約が出来ている可能性が高い。そのことを知っているのはギンジロウだけで、これを止めることができるのもギンジロウだけだ。
ギンジロウの経験からいって、巻物が勝手に開いて、しかも意識なく転がっていることなんてありえない。ランゼが出てこないということも今まで一度もない。
ーー沙織さんのいうことをなるべくやらせてあげたいけど、とにかくこのクエストはやばい。今まで自分のクエストに連れていかなかったこととは比較にならないほど危険な香りがする。ただの護衛で済むとは思えない。女王陛下のお友達に加えて、カトゥーとマルドラ。こんな有名人ががっつり関わっているクエストなんて、ことによれば世界の行方を左右する。こんなものがDランクだなんてどうかしてる。しかもAランクまでと上限があったり、自分と沙織さんとでは見えてる場所が違ったり。
ギンジロウは行けるかどうかを何度も考えた。けれども結論は一つだ。
ーー嫌な予感しかしない。
ーー絶対にこれだけは行かせたくない。
ーーたとえ嘘をついて自分が嫌われるとしても、これだけは絶対に止めなければならない。
ーーだって、どうしてもやりたいことがあるからやりますなんて、あまりにも動物的すぎるじゃないか。
ギンジロウは、はっきりとした拒絶の意思を持ってサオリを見た。しかし、サオリと目を合わせた瞬間、そういう全ての気持ちがあまりにも空しいものに感じた。
この目力。
ナニからも感じたことのない確固たる意志。
もしギンジロウが一言でも否定的な言葉を発しようものなら、その途端にサオリはギンジロウをくだらないものでも見るかのように興味をなくし、一人で目標に向かって進んでしまう。そんな目だ。そうなると、行き先もわからないギンジロウはサオリを守ることが出来なくなる。
ーーそうか。沙織さんがいつもより本能的で動物的に感じられたのは、この確固たる意志から溢れ出ている匂いが全ての原因だったんだな。沙織さんは、こうして生きてきたから美しいんだ。
ギンジロウは諦めと、この本能のためならば共に滅ぶことがあるとしても仕方がない、いや、自分が滅んでも彼女の美しさだけは守り抜きたい、と感じた。それが出来る場所に一緒に行けるのなら、むしろ死んでも本望だ。
そう。
これが動物のあるべき姿だ。
人間は動物なのだ。
「沙織さん」
ギンジロウはサオリに全てを捧げる覚悟を決め、乾いた喉を動かし、その一言をサオリに贈った。
「行きましょう」
サオリは、今まで見たことがないほど美しい笑顔をした。
ーー嗚呼。この笑顔を見られただけでも自分のポリシーを曲げて良かった。
ギンジロウは今この時、ダビデ王の騎士ではなく加藤沙織の騎士になった。
通話を切って十分後、ギンジロウはクエスト屋ランゼライオンに到着した。
「沙織なら中にいるぜ」
店前で待っていたチャタローに言われる。
「お前は中に入らないのか?」
「ちょっと沙織に嫌われちまってね」
「なんでだ?」
「ギンはこのクエスト、異常だと思わねーか? 誰だって大切な人がやばいところに行くって言うなら止めんだろ。俺は嫌われても止めようとする意志は堅いぜ。お前は今回の件、ぶっちゃけどう思うんだよ」
「やばいと思う」
「じゃあなんで」
「やばいと思うが止められない。俺は、この止められない沙織さんが大切なんだとわかった。ただし、止めはしないが、守るためには命をかける!」
チャタローはふっと笑った。
「そこまでの覚悟か。じゃあギン。沙織のことを頼んだぞ」
「ああ。俺のすべてをかけて守り通してみせる」
「お前のそういうとこ、俺は嫌いじゃねーぜ。沙織と一緒に無事に戻ってこいよ」
「ありがとう」
チャタローは街の喧騒に消えていった。ギンジロウはその寂しそうな後ろ姿を見送った後、クエスト屋の扉を開いた。
サオリとクマオはランゼと床に座って談笑していた。
「心配してたけど無事だったんだね、ランゼさん」
ギンジロウは急いで来たので上気している。
「ちょっと、外に出てただーよ」
「巻物が倒れてたのは?」
「ランゼが笛吹かんと踊らんねん。それだけだったみたいやで」
「契約は?」
「ちゃんと結んでおいただーよ」
「沙織と?」
「そーだーよ」
「ランゼさんが、ギンさんの許可得てるなら契約しても良い、て」
「そうなんだ」
「ありがと」
「いや」
ギンジロウは何か違和感を感じていたが、サオリとクマオは何も感じていないようなのでそれ以上突っ込むことをやめた。
ーーもう、ただ、ついていくのみと決めたんだ。
ギンジロウも契約を結んでクエスト屋を出る。三体は、向かいの屋根から覗いている鋭い視線に気づかなかった。去って行くサオリたちを目で追いながら、視線は三日月のように細くなった。
出てきたプットーに話をする。
「銀次郎と繋いでくれ。頼むわ」
「わかりました」
すぐにプットーの横に大きなスクリーンが浮かぶ。映っているのはギンジロウだ。
「おう。どうした?」
ギンジロウは偉そうな顔をしてスクリーンに映った。だが、こちらの様子が見えているのだろう。サオリの姿を見て一気に萎縮した。クマオは気付かず話を続けた。
「ワイ、今、ピンチなんや。親友の沙織が困っとんのに何もしてやれん。助けてくれんか?」
「それは大事なこと、だよな?」
「せや」
「そしたらちょっと待って。プットー。結界」
「了解です」
ブブン。
画像が少し乱れて、すぐに元に戻る。ミラー・イン・ザ・ウォーターによる結界だ。
「これでもう録音録画もできないし誰からも盗撮盗聴されない。いいよ」
「そしたらワイやなくて…、沙織!」
サオリはクマオのプットーの近くに寄った。ドアップなのに小さな顔。大きな瞳に大粒の涙が潤んでいる。爆発力はビッグバンレベルだ。
ーーこんなの、直接会ったら三回死ねる。
ギンジロウは画面越しで良かったと思った。
「ギンさん」
「は、はひ!」
修行の時以外は緊張するが、サオリは御構い無しだ。
「アタピ、どうしても行きたいクエストがあるの。でも、ランクがDランク…」
サオリは聞き分けの悪いタイプではない。ギンジロウがダメと言っているのにどうしても行きたいというのには、それだけの訳があるはずだ。
ーーただ、可愛いからといって、俺が守れないような危ないクエストにだけは絶対に連れて行かないぞ。
ギンジロウは固い決意を持って沙織の話を聞くことにした。
「どんなクエストなんです?」
「アタピの…パパの…」
サオリはそこまで言って黙ってしまった。
ーー沙織さんのパパ? カトゥーさんの?
ギンジロウは、サオリの下に広がっている巻物に目をやった。こんなふうに巻物が転がっている光景を見たことはない。なにかがおかしい。
「沙織さん。その転がっている巻物、見せてもらえる?」
クマオのプットーが巻物に近寄った。ギンジロウは内容を見た。
『Dランククエスト(ただし、女王陛下のお友達は受諾可能。上限はAランクまで)
報酬: 一千万ピッピ(別途費用)
任務: 研究者・遺跡の護衛
場所: 依頼を受諾した者のみ閲覧可能
期日: 四月三十日〜五月五日予定
詳細: 依頼を受諾した者のみ閲覧可能
依頼者: ドーラ会首魁 マルネラ・ドラコフスキー』
ーーこっ、これは!
ギンジロウは驚いて何度も何度も読み、何度も何度も考えた。
「どうですか?」
疑問に思う点がたくさんあるのでサオリに聞く。
「なぜ、これがカトゥーさんと関係あると思うのです?」
「だって、詳細に書いてある…」
ギンジロウに詳細は見られない。見られないが依頼者がどんな人物なのかはわかる。芸術と強奪の王、マルネラ・ドラコフスキー。世界一有名な怪盗ギルドであるドーラ会の首魁にして、カトゥーの兄貴分だ。そのドラコフスキーの依頼ならば、これがカトゥーに関するクエストだという可能性は十分にありえる。ただ、サオリが受諾もしていないうちに詳細が読めて、カトゥーに関するクエストだとわかっているなんて明らかにおかしい。
ーーもしかして、沙織さんは自分でも気づかないうちにこのクエストを受諾できているのでは…。
ギンジロウは不安を押さえ、詳細が見えているふりをした。
「なるほど。じゃあなんで、一人でなく、俺を呼んでくれたんです?」
「だって、アタピ、Dランクじゃない…」
ギンジロウは続けようとして考えた。もしかしたらサオリには、「女王陛下のお友達は受諾可能」という一文が読めていないのかもしれない。
ーーこれは賭けだ。
「もし俺が手助けしないと言ったら、沙織さんはどうするんですか?」
「ギンさん助けてくれなくても、アタピは行きます」
「でもランク不足で行けませんよ」
「でも、アタピの前に出てきたから行けるかもしれない。できなくても、細かい場所はわかってるからそこまで行ってみます」
実際のところ、サオリは女王陛下のお友達なので、契約しようと思えばできてしまう。詳細が読めているところを見ると、やはりサオリは契約が出来ている可能性が高い。そのことを知っているのはギンジロウだけで、これを止めることができるのもギンジロウだけだ。
ギンジロウの経験からいって、巻物が勝手に開いて、しかも意識なく転がっていることなんてありえない。ランゼが出てこないということも今まで一度もない。
ーー沙織さんのいうことをなるべくやらせてあげたいけど、とにかくこのクエストはやばい。今まで自分のクエストに連れていかなかったこととは比較にならないほど危険な香りがする。ただの護衛で済むとは思えない。女王陛下のお友達に加えて、カトゥーとマルドラ。こんな有名人ががっつり関わっているクエストなんて、ことによれば世界の行方を左右する。こんなものがDランクだなんてどうかしてる。しかもAランクまでと上限があったり、自分と沙織さんとでは見えてる場所が違ったり。
ギンジロウは行けるかどうかを何度も考えた。けれども結論は一つだ。
ーー嫌な予感しかしない。
ーー絶対にこれだけは行かせたくない。
ーーたとえ嘘をついて自分が嫌われるとしても、これだけは絶対に止めなければならない。
ーーだって、どうしてもやりたいことがあるからやりますなんて、あまりにも動物的すぎるじゃないか。
ギンジロウは、はっきりとした拒絶の意思を持ってサオリを見た。しかし、サオリと目を合わせた瞬間、そういう全ての気持ちがあまりにも空しいものに感じた。
この目力。
ナニからも感じたことのない確固たる意志。
もしギンジロウが一言でも否定的な言葉を発しようものなら、その途端にサオリはギンジロウをくだらないものでも見るかのように興味をなくし、一人で目標に向かって進んでしまう。そんな目だ。そうなると、行き先もわからないギンジロウはサオリを守ることが出来なくなる。
ーーそうか。沙織さんがいつもより本能的で動物的に感じられたのは、この確固たる意志から溢れ出ている匂いが全ての原因だったんだな。沙織さんは、こうして生きてきたから美しいんだ。
ギンジロウは諦めと、この本能のためならば共に滅ぶことがあるとしても仕方がない、いや、自分が滅んでも彼女の美しさだけは守り抜きたい、と感じた。それが出来る場所に一緒に行けるのなら、むしろ死んでも本望だ。
そう。
これが動物のあるべき姿だ。
人間は動物なのだ。
「沙織さん」
ギンジロウはサオリに全てを捧げる覚悟を決め、乾いた喉を動かし、その一言をサオリに贈った。
「行きましょう」
サオリは、今まで見たことがないほど美しい笑顔をした。
ーー嗚呼。この笑顔を見られただけでも自分のポリシーを曲げて良かった。
ギンジロウは今この時、ダビデ王の騎士ではなく加藤沙織の騎士になった。
通話を切って十分後、ギンジロウはクエスト屋ランゼライオンに到着した。
「沙織なら中にいるぜ」
店前で待っていたチャタローに言われる。
「お前は中に入らないのか?」
「ちょっと沙織に嫌われちまってね」
「なんでだ?」
「ギンはこのクエスト、異常だと思わねーか? 誰だって大切な人がやばいところに行くって言うなら止めんだろ。俺は嫌われても止めようとする意志は堅いぜ。お前は今回の件、ぶっちゃけどう思うんだよ」
「やばいと思う」
「じゃあなんで」
「やばいと思うが止められない。俺は、この止められない沙織さんが大切なんだとわかった。ただし、止めはしないが、守るためには命をかける!」
チャタローはふっと笑った。
「そこまでの覚悟か。じゃあギン。沙織のことを頼んだぞ」
「ああ。俺のすべてをかけて守り通してみせる」
「お前のそういうとこ、俺は嫌いじゃねーぜ。沙織と一緒に無事に戻ってこいよ」
「ありがとう」
チャタローは街の喧騒に消えていった。ギンジロウはその寂しそうな後ろ姿を見送った後、クエスト屋の扉を開いた。
サオリとクマオはランゼと床に座って談笑していた。
「心配してたけど無事だったんだね、ランゼさん」
ギンジロウは急いで来たので上気している。
「ちょっと、外に出てただーよ」
「巻物が倒れてたのは?」
「ランゼが笛吹かんと踊らんねん。それだけだったみたいやで」
「契約は?」
「ちゃんと結んでおいただーよ」
「沙織と?」
「そーだーよ」
「ランゼさんが、ギンさんの許可得てるなら契約しても良い、て」
「そうなんだ」
「ありがと」
「いや」
ギンジロウは何か違和感を感じていたが、サオリとクマオは何も感じていないようなのでそれ以上突っ込むことをやめた。
ーーもう、ただ、ついていくのみと決めたんだ。
ギンジロウも契約を結んでクエスト屋を出る。三体は、向かいの屋根から覗いている鋭い視線に気づかなかった。去って行くサオリたちを目で追いながら、視線は三日月のように細くなった。