第50話 Go to the dog (ワンだふる)

文字数 3,711文字

 十分後。
 サオリ、クマオ、モフフローゼン、ついでにチャタローまでが、それぞれ庭から適当な切り株を持ち寄り、円を描くようにして座った。クマオとチャタローは自分では持てないので、サオリが選んで運ぶ。切り株を選ぶ間、モフフローゼンは細身の男に何かを命じていた。頭に一本ツノが生えている。
「あれは誰?」
 サオリはチャタローに聞いた。
「あれは獄卒鬼っつー鬼で、ヤマさんに借りられるんだぜ。リアルでいや、お手伝いさんみてーな感じかな」
「鬼やぞ? 信用できるんか?」
 クマオは、かつて鬼からトラウマになるようなイタズラをされたことがあるので、訝しげな顔をした。
「ああ。獄卒鬼ほど信用できるものは他にねーぜ。なんせ一度雇われたら、期間内は善悪関わらず忠誠を誓わなけりゃならねーって罰を受けてるんだからな」
「期間が終わった後に裏切るっちゅうことはないんか?」
「首に縄みたいなものが巻いてあんだろ? あれも形は違うがO.O.みてぇなもんだ。期間が終わったら外すから、何も覚えてねーのよ」
「なるほど。地獄の沙汰も金次第いうもんな。獄卒鬼が稼ぐんか。地獄が潤うやろな」
 クマオは変なところで妙に感心していた。獄卒鬼はサオリたちの身長に合ったサイドテーブルをそれぞれ持ってきてくれた。モフフローゼンのサイドテーブルは大きすぎて二体がかりだ。少し遅れてそれぞれのテーブルに紅茶が並ぶ。ここぞとばかりにサオリは、お土産のたい焼きをそれぞれのサイドテーブルに乗せた。
 その後、サオリの自己紹介などを聞いて豪快に笑っていたモフフローゼンは、紅茶を一口飲み、たい焼きを一口で食べた後、急に真面目な顔になった。
「ところで沙織。君は何をしにワシに会いに来たんだ? もちろん、KOKに再度手を貸すなんていう話だったらお断りだぞ。まるで新聞の勧誘みたいに、な」
 サオリは、自分を組織でも何でもなく、一人の人間として見てくれているモフフローゼンにたいして、期待を裏切らないぞという誓いを持って大きくうなづいた。左手を突き出してクルクルクラウンを見せる。
「この腕輪はパパの形見なんだけど、オーラが漏れちゃってすぐに貴重品だってわかってしまうらしいの」
「近づかないとわからなかったが、確かに雅弘のオーラを感じるな」
 モフフローゼンはうなづいた。
「これを持ってると、誰かに狙われて危険なんだって。でもアタピ、パパの形見だし、これを持ってたいの」
「なるほど」
「オーラが使えて、この腕輪を制御する方法がわかれば、ずっと持っていられるらしいの」
「そうだな」
「でも、アタピのオーラは特別で、制御が難しいみたいなの」
「難しいな」
「それで、パパのオーラも特殊だったらしいんだけど、制御を教えたというモフモフさんにアタピも教えてもらえたら、と思って…来ました!」
 サオリは語尾だけ力強かった。モフフローゼンは微動だもせずに聞いていたが、ふむ、と一つうなづいて紅茶をもう一口飲んだ。
「つまり沙織は、ワシに師事したい、と。そういうことだな」
 サオリは力強くうなづいた。決意の目が光る。モフフローゼンはサオリの瞳を、優しい瞳でじっと見つめ返した。
ーー雅弘といい、沙織といい…、カトゥーの血筋は、つくづくワシの血を熱くさせる。
 モフフローゼンは四つん這いになり、二、三周ウロウロとサオリの周りをうろついた後、サオリの前で立ち上がった。
「よし。それでは、ワシが錬金術の師匠になるにあたって、いくつか約束してもらいたいことがある。まるで男女が付き合うように、な。いいか?」
 例えはよくわからなかったが、サオリはうなづいて立ち上がった。礼儀として、師匠が立っている時に自分だけ座っているのはどうかと思ったからだ。身長差の大きく違う二人はじっと見つめ合った。
「まずひとつ。ワシを絶対に裏切らないこと」
ーーとうぜんです。
 サオリはうなづく。
「ふたつめ。ワシはKOKではなく、沙織と仲良くなるのだということを覚えておいて欲しい」
ーーもちろんです。
 ふたたびうなづく。
「みっつめ。ワシは沙織に錬金術を教えるが、師弟関係ではなく主従関係を結ぶということ」
「主従関係ですか?」
 急な言葉にサオリは動揺した。今までと比べてあまりにも重大なことすぎる。モフフローゼンは変なことを言ってきそうな相手ではないが、主従関係になってしまったら自分に自由がなくなってしまいそうだ。自由と錬金術。今の自分にとって、どちらがより大事なのだろうか。それとも、そのくらい覚悟して錬金術に取り組まないようでは習得できない、という戒めなのだろうか。
「そうだ」
 モフフローゼンは、当然そのくらいの約束はしてもらわないとな、という顔で続ける。
「ワシは、半分人で半分犬のように見えるが、もともと多分、どこかの頭のいい犬から生まれたアルカディアンなのだと思う。その本能が、恥ずかしいことなのかもしれないが飼い主を求めているのだ」
 モフフローゼンの言っていることが理解できない。サオリは一度、頭の中でまとめてから聞き直した。
「てことは、アタピが飼い主で、モフモフさんがペットってこと?」
「そう…じゃ」
 モフフローゼンは、美しい銀髪がたなびく屈強な体をモジモジさせてうなづいた。サオリは驚いたが、犬というのはそういうものなのかなとも思い直した。ならばサオリにとって不都合なことは何もない。
ーーうなずこう。
 が、突然クマオが話に入ってきた。
「そーりゃ無理っちゅうもんやろ。この女王陛下の犬であるワイでさえ、沙織に持ち主なってくれ言うて断られとるんやぞ。女王陛下でさえ持ち主になりたい言うた、このワイが断られるんやぞ?」
「やはり無理…か…」
「せや。いくらあんたが偉大ちゅうても、モフフローゼンに許されんのは、せいぜい親友になることくらいやで。譲歩しまくって、やっとワイとおんなじや」
 クマオは偉そうにまくし立て、モフフローゼンは大きな肩を小さく縮こませる。サオリは、なぜこんなことになっているのか、頭の中が混乱していた。
ーーえっと、アタピがモフモフさんの飼い主になるとすると…、いろいろ教えてくれるし、しないけど命令だってできる。悪いところがない。でもクマオは、「飼い犬にはなれないぞ、せいぜい親友どまりだ」て言う。えっと、二人にとっては、飼い犬になることの方が親友になるより良いってこと? アタピはどちらでも構わないけど…。
「わかった。主従関係は言い過ぎた。親友になろう。それでどうだ?」
 サオリはよくわからなかったが、「主従関係でもいいよ」なんて言うことがおこがましすぎると感じて、そのままうなづいた。実際、サオリはモフフローゼンのまっすぐな目が気に入っていたので、親友になることに関してはむしろ願ったり叶ったりだ。モフフローゼンは嬉しそうな顔をして指を一本突き出した。
「最後にひとつ。ワシの教える全てのことは基本的に秘密にすること。どうだ?」
 もともと話すつもりはない。サオリはうなづいて、モフフローゼンの差し出す指を両手で握った。爪が隠れていて、毛がモフモフとしている。
「ふむ。これで契約は成立した。これからはワシが沙織に、錬金術の師匠としていろいろ教えよう。まるで総理大臣のように、な」
 モフフローゼンは懐から、小さな黒い宝石がついたネックレスを取り出し、沙織の首にかけた。中に星がいくつか入っているように見える黒い石だ。
ーーわー。夜空みたい。『スカイ』て名付けよう。
 シックでいながら可愛くもあって、サオリは気に入った。
「そのネックレスについている石は『賢者の石』。俗にいうPS、フィロソフィ・ストーンだ。PSを錬成することが、錬金術師になるための最初の基本だ」
「はい!」
「だが沙織。その前に。お前のバッグの中に、ワシ宛の伝達飴が入っているな。誰からだ?」
ーーダビデ王からだ! すっかり忘れてた!
 なぜバッグの中身を当てられたかについては全く気にならなかったが、サオリは慌てた。人間が嫌いだとわかったモフフローゼンに、今更ダビデ王からの伝達飴を出すなんて。これはどう考えてもモフフローゼンの気分を害してしまう。渡したら逆に錬金術を教えてくれなくなってしまうかもしれない。サオリは、「飴て何?」と嘘をつこうかという考えが一瞬頭を横切った。
 けれどもサオリの体は、親友に対して嘘をつくことを許さなかった。そんな自分になるために生まれてきた訳ではない。ただ、「言葉が足りないと誤解を生みやすい。説明するならしっかりと」と仙術で教わった通り、しっかりと誠意を込めて説明しようと思った。なんせサオリは本当に、KOKにどういう思惑があるかなど全く関係なく、ただ雅弘の師匠に会って、いろいろ教わりたかっただけなのだから。サオリはリュックから伝達飴を取り出した。
「忘れてた。これ、ダビデ王から」
 モフフローゼンは険しい顔をして慎重に親指と人差し指で飴をつまむと、包紙を取り、ポイっと口の中に放り込んだ。
 モムモム。フンフン。
ーー本当に沙織には何の策略もないのだな。
 味を確かめるように上を向いていたモフフローゼンは、残りの味を楽しみながらサオリに向き直った。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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