第107話

文字数 2,216文字

 じじいとニャン太は不意に光に包まれた。


「この光は!?」
「これは、テレポートか!?」
「何だと、酔わない様に目を塞がないと」


 じじいが目を塞ぐ前に、光は一気に輝いた。そしてじじいの見た事の無い場所へ移動していた。


「ここは……天界じゃねえか」
「天界だって?」



 天界の神殿。普段より光の精霊や精霊王が地上を見下ろしていた場所だったのだ。


「うわぁ、懐かしい。200年振りだぜ」
「ここがお前の元々住んで居た場所なのか?」
「ああ、物心ついた頃から此処に居たんだ」


 幻想的と言うかなんと言うか……絶景に興味の無い奴が絶景を見た時の様な、とても変な感じだった。



「天界へようこそ、勇者レイス」


 振り返ると光の精霊と、もう1人見た事の無い人物が居た。一見するとただの少年だ。


「光の精霊様、どうして」
「お久し振りです。神様、光の精霊様」
「え!? 神様!?」


 神様と呼ばれた少年はフッと微笑みながら1歩前へ出た。ニャン太が跪く。じじいもそれに倣って跪いた。


「構わない、直りなさい」
「はい」


 じじいとニャン太は体勢を戻す。


「勇者レイス、この度は良くぞ魔王ポコポコビッツを打ち倒しました」
「ありがとうございます。神様や光の精霊様の力添えあって事です」
「それでも大したものだ。お陰で人間の未来は救われた様だ」
「今日は神様が1言挨拶したい、と言う事で天界へ招待しました」
「神様がわざわざ!」

「勇者レイスは人間の中でも稀有な力の持ち主だ。1度会いたいと思っていた」
「ありがとうございます」
「では私はこれで」
「はい」


 神様はそれだけ言うと光の中へ消えて行った。




「ふう……緊張した」
「ふふふ、神は気さくなお方です。そう緊張しなくとも良かったのですよ」
「いえいえ……」


 この歳になって、こんな貴重な体験が出来るとは思わなかった。もちろん、若いから出来るって訳でも無いのだが。


「さて、勇者レイス。神様が会いたがっていた、というものありますが。今日はもう1つ」
「え?」
「貴方の答えを聞きに来ました」


 答え……聞き返す必要も無いだろう。じじいの今後の話だ。


「……じじい、こればっかりは俺は何にも言えねえ。じじいが決めるんだ」
「もちろん、今すぐで無くとも構いません。明日でも来年でも良いのです」




じじいに残された選択肢は3つ。


①不死の契約が終了した後、不老不死の契約をする……若返る事は出来ないので、じじいのままだが今以上に老いる事は無くなる。

②不死の契約を継続する……実際には今の契約が終了した後に、再度不死の契約をする訳だが。つまり現状維持だ、この選択肢は1番無いだろう。

③不死の契約を解除して普通の人間に戻る……ただの超高齢者になる。これはつまり……




 考えるまでも無いのかもしれない。

 じじいが今まで生きてきたのは、あくまでも魔王を倒す為だったのだ。その使命が終了した今となっては、生きている意味があるのだろうか?


 ふと今回の大会参加で仲良くなった仲間の顔がよぎる。

 ドーン・ヘンリー・ポーン……特にヘンリーは今後も強くなっていける才能がある。それを見守っていくのも良いのかもしれない。

 では、これまでの200年はどうだっただろうか。

 いつかも分からなかった魔王の復活を待ちながら、ただ老化と戦う日常。


 そう。ずっと普通の人間が羨ましかった。普通に歳を重ねて普通に死んでいく普通の人間が……




「もしかしたら、これからも色々と面白い事もあるかもしれません。でも俺は……」


 あの仲間達を自分が看取る想像は出来ないし、したくもなかった。


「じじい……」

「俺は普通の人間に戻りたいです」



 暫くの静寂。



「分かりました」


 光の精霊はそう言うと、手を上に翳した。暖かい光が発せられじじいを包み込む。本当に、とても暖かい光だった。


「貴方の不死の契約が終了した時に、分かる様にしておきました」
「ついにじじいが、ただのじじいになるんだな。」
「その言い方よ。でもいつ契約が終了するかは分からないんでしょう?」
「そうですね。ですが、使命を果たした契約はそう遠くない内に終了してしまうでしょう」


心なしか、身体全体が重く感じる。これは気の所為なのかもしれないが……今は分からないが、これはきっと生きているって証なのだろう。



「不死でなくなる貴方は、ただの222歳の老人です。通常では生きているはずもない年齢。その老化は著しいものとなるでしょう」
「じじいはもう?」

「いえ、今すぐに死ぬ事はないでしょう。何もなければ後数年は生きていられると思います」
「そ、そうですか……」


 実感はないけど、恐らくそうなのだろう。


「ニャン太、貴方はどうしますか?」
「選択できるんですか?」
「もちろんです」

「……じゃあ、もう少しだけ地上に居ます」
「ニャン太……お前」
「分かりました。勇者レイスを頼みましょう」


「勇者レイス、貴方が亡くなる時には私も顔を出しましょう」
「それは豪勢ですね」
「おお、そんなんして貰える人間なんて居ないぜ」




 そう言った通り、後にじじいが亡くなる際には光の精霊が見守る事となる。

 何故か付いてきた神様と共に……

 最後の瞬間、じじいは穏やかな表情で光になって消えて行ったという……


「じじいの使い魔である俺も、その場には居たけどな!」







 そしてじじいは地上へ戻り、残り少ない人生を普通のじじ……人間として暮らしていった。

 たまに遊びに来る仲間たちと喋ったりしながら。

 消え去るその瞬間まで、彼の傍には1匹の白猫が居た。





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登場人物紹介

【レイス】

本作の主人公。

200年前に魔王を打ち破った勇者。

光の精霊の加護を受けており、光属性の魔法や魔法剣を使用する。

【ニャン太】

勇者レイスの使い魔。

光の精霊がレイスに遣わせた精霊見習い。。

猫の姿は仮の姿である。


【ポコポコビッツ】

200年前に勇者に敗れた魔王。

封印されており、復活する時を待っている。

闇属性の魔法を使用する。

【ドーン】

ルファウスト王国の宮廷魔術師。

とある要件でとある人間を追っている。

主に無属性の爆発魔法を使用する。

【ヘンリー】

ルファウスト王国に住む魔法剣士。

世界大会で優勝するのが夢。

無属性の魔法剣を使用する。

【ポーン】

サーザリッド王国の兵士。

研修でルファウスト王国へ来ており、大会での案内等を行う。


【光の精霊】

レイスに光の加護を授け、ニャン太を遣わせた本人。

レイスに間違えて「不老不死」でなく「不死」を与えてしまったおっちょこちょいさん。

【魔王直属軍】

200年前は大きな軍だった。

レイスと戦って敗れた事でかなり数を減らしてしまった。

魔王が封印された後は、殆どの者が目的も無く過ごしている。

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