第16話 半澤玲子Ⅲの4
文字数 1,353文字
シャワーを浴びてから、エリにパジャマを貸し、一つベッドに二人で寝た。
灯りを消しても話のほとぼりが残っていて、すぐには眠れない。それは彼女も同じらしかった。
「結婚したい?」
エリが言った。
「うーん、そこまではわかんないな。相手によりけりだし。それよりエリはどうなの」
「わたしもおんなじね。今の人、嫌いじゃないけど、結婚となるとね」
「うまくいくといいね。結婚じゃなくても」
「そうね。レイもね。でも今日はよかった。ゆっくり話ができて」
「ほんとにありがと」
エリがひっそりと体を寄せてきた。襟足にほんの少し熱い吐息がかかるのを感じた。
「レイ、いい匂いね」
ささやくような声だった。彼女の左手が伸びてきて、私の肘をゆっくりと撫でた。その左手を私の指に絡ませた。そしてわたしの首筋に軽く唇をつけた。
「ウフ、くすぐったい」
そう言ってはみたものの、彼女のそんな振舞いを少しも不自然とは思わなかった。けっして激しくはないけれど、ほのかな快感が全身に広がるのを感じた。
もし二人とも恋活がうまく行かなかったら、こうして二人で暮らしたっていい――そんな気持ちがふとよぎった。ベッドサイドテーブルのスタンドの常夜灯が、寄り添う二人をじっと見守っているような気がした。LGBTという言葉を思い出した。私たちってもしかしてLなのかしら。
女どうしの肌と肌の触れあい。それも悪くないわ。
いつか二人で温泉に行ったとき、背中を流しっこしながらお互いの体をほめあったっけ。エリはわたしの肌の白さをほめた。乳房の形がよいとも言ってくれた。わたしはエリの浅黒くすらりとした体躯にほれ込んだのだった。黒人と白人のハーフみたいだった。
昔、同性愛を疑われて学校経営を壊されてしまう『噂の二人』という映画があった。映画好きだった父がテレビで放映されたのをビデオに録画しておいたのだ。
オードリー・ヘプバーンとシャーリー・マクレーン。
シャーリーが可愛かった。そして自殺してしまう彼女が可哀相だった。少女のころ見て、アメリカはずいぶんこんなことにうるさいんだなと思った。それで印象に残ったのだ。
あとから考えれば、あれは時代も古かったし、一夫一婦制を厳しく守らせるキリスト教の戒律が強く関係してるってことがわかったけれど。
それに比べればいまの日本はずいぶん自由だと思う。
別にレズだってゲイだって、周りの人たちは、共感はできなくても、ああ、そんなものって言って、棲み分けているだけなんじゃないかしら。昔でも、同性愛者ってわかっちゃったから、自殺したなんてあんまり聞いたことないし。
私たちがこんなふうに仲良しで、仮にだんだんそれが深くなって、肉体的にレズの関係になったとしても、黙ってればいい。もっともこれが思春期なんかだったらずいぶん悩むだろうし、大人になってからも、マイノリティだっていうことだけで肩身の狭い思いはするだろうけれど。
男を好きになるか、女を好きになるか。これって、境遇によってどっちにも転ぶのかもしれない。
もしエリもわたしも恋活がうまく行かなかったら……。わたしはエリが好きだし、たぶんこの感情、これからも変わらないと思うし……。
目をつむると少しずつ眠気が忍び寄ってきた。わたしの肩にエリの寝息が気持ちよくかかり、絡めた指はいつしか力が抜けてほどけていた。