第74話 半澤玲子Ⅺの3
文字数 1,288文字
午後は意外と早く終わった。そうだ、今日は帰宅したら、ウチで花を活けてみよう。
せっかく置いた水盤がまだ空になっていたので、おととい、通販で花材を取り寄せておいたのだ。
夕食はなんにしようかしら。ちょっと寒いし、この間、宮益坂で食べたポトフがおいしかったから、あれをまねて作ってみよう。
駅を降りて、いつものスーパーで、買い物をした。ジャガイモと人参はあるから、キャベツ、ソーセージ、インゲン、ニンニク、ローレルなどを買った。マスタードはあったかしら。念のため。
煮込むのにそんなに時間はかからなかった。二人分くらい作って明日もこれでOK。味見をしてからお皿に盛ってみると、うん、われながらうまそうだ。
赤ワインの小瓶があったので、それを開けてグラスに注いだ。
熱いポトフを食べているうちに、この間、レストランで食べながら堤さんにメッセージを送った時のことが、鮮やかによみがえってきた。ハロウィンのバカ騒ぎについて意見を述べたら、すごく賛成してくれたっけ。
それと、昨日、堤さんが言っていた、初めてメッセージを受け取って家に帰ったら散らかってるのに気づいたっていう話。
いま思い出しても微笑ましくて、こそばゆい。
そしてわたしは、明日の分も、ということで二人分のポトフを作った。自分の中でこれらのことが自然に結びついて、ああ、堤さんの家にまで押しかけて、二人でポトフを食べたいという思いが、急激と言っていいくらいに襲ってきた。それは、いまここにこうしていることの寂しさと背中合わせだ。
ちょっと思いついて、お鍋に残っている分を、お皿に盛ってテーブルの上に乗せ、写真を撮った。それをもう一度お鍋に戻した。
今度いつ会えるかしら。
食事を終えてから、一休みして、活け花に取りかかった。
花材は、野ブドウと赤いダリア。
青い水盤の右に寄った部分に剣山を置いて水を張り、余計な葉と枝を切っていく。野ブドウの長い枝を主枝としてぐっと右に延ばし、中央に客枝としてダリアを三つ配置する。変化に富む枝ぶりを利用して、左側にも短く野ブドウをあしらう。
濃い赤と葉の緑、間をおいていくつも可愛くぶら下がる微妙な色合いの丸い小さな実。
なかなか満足できないけれど、うん、まあこんなところか。
写真を撮った。当然、堤さんに送ることを考える。
《11/21 22:41
堤 佑介さま
昨日は、楽しい一日をありがとうございました。
好きだったフェルメールを一緒に見ることができて、とても幸せを感じています。
また、堤さんの鋭い観察力に感心いたしました。
今日、この前渋谷のレストランからメールを送ったときに食べていたのと同じポトフを作ってみました。けっこうおいしくできましたよ。明日の分もと思って二人分作ったんですけど、ほんとは、二人で一緒に食べられたらなあ、なんて、気持ちで作っていたのかもしれません。
たぶん、堤さんに褒められたので、調子に乗ったんだと思いますけど、いま、自宅で、野ブドウとダリアを活けてみました。
ポトフの写真と一緒に送ります。
明日はお仕事ですよね。がんばってください。
どうか安らかな眠りが訪れますように。お休みなさい。