第9話 堤 佑介Ⅱの1

文字数 1,744文字

                                2018年8月29日(水)

今日は定休日。10時起床。

いつものように簡単に朝食を済ませてから、ぼんやりと午前中を過ごした。

不動産業をもう20年以上続けているが、本業にかかわること以外にも好奇心は旺盛なほうだ。注意をひかれた物事をノートに書き留めてみたり、それについて考えてみたりするのが好きなたちなのである。

それは逆かもしれない。仕事柄、さまざまな人生模様に出会うので、自然とそういう習性が身についたともいえる。小説になりそうな材料はいくらもあるので、これまでも挑戦してみようかと思ったこともある。

だが、仕事の合間に構想して執筆をするだけの持続力をなかなかキープできなかった。個人情報保護もうるさいし。

そうかといって、出世にも大して興味はなかった。ウチでも、私と同期で幹部にまで上り詰めているのは何人かいるが、あまりシャカリキになるのは好きではない。

中途採用のせいもあるのかもしれないが、まあ、いまくらいの規模の営業所で中間管理職やってるくらいが身に合ったところだろうと思っている。



大学卒業前に、友人と進学塾を経営した。バブルに上り詰めていくころで、かなりうまく行った。けっこういい気になっていた。

8年ほど続けたころ、予備校の講師をしていた女性と「できちゃった婚」した。ちょうど30歳、相手は2つ年下だった。年にしては落ち着いた、飛び跳ねたところのない女性だった。生まれた子どもは女の子だった。

産後、妻の依子は予備校を退職した。しばらく塾経営で食べていくつもりだったが、じきに生徒が減り始めた。

競合相手に負けたというのでもなく、指導や経営の仕方がまずかったわけでもない。時代に合わせて個人指導スタイルに切り替えもした。バブル崩壊による景気の悪化と少子化の進行以外には思い当たることがなかった。

そうとわかると、なぜか生徒を教える情熱が急速に冷めていった。これはもう少し安定した仕事に商売替えした方が賢明かもしれない。共同経営者ともずいぶん相談したが、結局、これまで持っていた半分の権利を彼に譲って身を引くことにした。

娘の亜弥は3歳になっていた。真剣に生活を考えなくてはならない。集中的に勉強して宅建の資格を取り、いくつか受験した結果、今の会社に就職することになった。

接客は得意なほうだったし、不動産には昔から関心があった。不快なことはいくつも経験したが、耐えるしかなかった。けっこう努力した甲斐があって、実績もしだいに伸びていった。

結婚後12年で妻と別れた。理由は私の不倫である。芙由美というその相手は15歳年下で、インテリア・コーディネーターを目指していた。

いっとき荒れた依子も比較的短期間で冷静さを取り戻し、協議離婚が成立した。妻を嫌いになったわけではなかった。やがて彼女は結婚当時とは別の予備校に職を得た。

娘は依子が引き取ることになり、養育費は私が負担した。子どもを取られたことは何とも悔しかったが、悪いのはこちらだから仕方がない。

芙由美とも1年半ほど同棲生活をしたが、目くるめくように盛り上がったはずの恋愛感情は、やはりしだいに醒め、最後は互いにぎこちなさを残しながら別の途を歩むことになった。

一緒に生活してみると、彼女はけっこうわがままで、独り決めして事を運んでしまうところがあることがわかってきた。何回も喧嘩したが、そのたびに亀裂は深まった。

不倫という壁があったからこそ、いっとき燃え上がらせていたのかもしれないとも思った。しかし未練の情はかなり長く続いた。彼女とは、性的な意味での相性がとてもよかったのだ。だから不倫相手としてつきあっている頃は、彼女が私にどれくらい深入りしているかが実感できた。

そんなことがあったせいか、その後もつきあった女性がいなかったわけではない。行きずりの女と体の関係を持ったこともあったが、長続きしなかった。芙由美のイメージがずっと後を引いて、自分のなかで清算しきれず、それが邪魔したのだろう。

でも一人になってみて、自分がけっこう独身生活を楽しむたちであることも再認識した。だんだん、これでよかったのかもしれないと思うようになった。それはただの負け惜しみに過ぎないと言えばいえるのだが。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み