第10話 堤 佑介Ⅱの2

文字数 1,809文字


そういえば、2日前に案内したカップルと同じ年ごろに、結婚したのだった。

あの頃は、バブル期の余波で、派手な結婚式がまだ流行っていた。しかし私たちは、あまりそういうことに関心がなかった。特に依子は堅実で質素を好むタイプだったから、彼女の希望を入れて、近親者とそれぞれのごく親しい友人だけを招いて地味婚で済ませることにした。

70年代後半から80年代後半に婚姻率がガクガクに下がって、下がったまま横ばい状態が続いていた時期だ。出生率もゆるい下り坂一方だった。それでも、結婚すれば子どもを二人以上生む夫婦は多かった。ところが、何しろその結婚がなかなか成立しない。だから結局少子化社会ということになった。

政府も焦って少子化対策に少しは手を出していたようだが、政府の対策は、間違っていたと思う。

保育所整備や育児休業導入や児童手当がそれだが、これらはみんな、結婚して子供が生まれた夫婦への支援策だ。しかも大規模予算を組んだわけでもない。生まれてくる子どもへの、雀の涙みたいな支援を当てにして結婚するカップルなんてほとんどいるはずがないのだ。

私たちの場合もたまたま出会ってお互いに好きになり、「できちゃった」ので、結婚せざるを得なくなっただけだ。将来生まれて来る子どもに対する政府の支援があるかないかが結婚の動機づけと関係あるなんて考えもしなかった。

結婚できるかできないか、する気があるかないかが問題なのだ。だから若い人たちが、進んで結婚する気になるような支援策が大事だったのである。経済全体を豊かに回すのが何よりも大切だが、他にもいろいろ手はあった。まずは若者の出会いの機会を増やすことだろう。

若者の関心興味の集まる空間、たとえばロックフェスティバルでも、マリンスポーツでも、スキー場でも、男女出会いのために積極的に場を提供しているカフェ・バーでもいい。民間の結婚相談所や、堅実な婚活サイト、オタク・マーケットなんかも有力候補だろう。そういうところを狙って集中的に補助金を出せばよかったのだ。

自治体によっては出会いを促すパーティを進んでやっているところもあるようだが、でも政府はそういう発想に多額の資金をつぎ込もうとはしなかった。まあ、中央の行政というのは市井の実情をよく知らず、机上の空論にもとづいて税金を使うのが信条みたいなものだけれど。



不動産屋の景気動向も、こうした社会の動きを微妙に受ける。今の会社に就職したころは、単身者世帯の割合が急速に増えている時期だった。

これは正直、この業界にとってはあまりありがたいことではなかった。新規に家を建てたり買ったりする大口の需要が減り、1Kや1DKの賃貸など、小口の需要ばかりが増えることを意味したからだ。まあそれでも、マンションは分譲、賃貸含めてそんなに売り上げが下がったわけではなかったけれど。

統計で見ると、二人世帯も増えてはいたが、それは必ずしも新婚さんが増えたというわけではない。離婚による片親家庭が増えたり、子どもが一人で自立して老夫婦だけになったといったケースが多かったせいもある。

あの頃、マンション建設の話が持ち上がると、ウチと付き合いのある大手の設計部門から何度も相談が来た。時には電話で、時には直接訪問で。

おざなりのマーケティングでは、表現が抽象的で、なかなか動向が読めないところがある。事業部からきた報告書は一応の結論を出していたらしいが、設計部門はあまりそれを信用していないようだった。

どれくらいの広さの部屋を何戸割り振るか、ある設定条件でどれくらい収益が期待できるか、それが一番の悩みの種だったようだ。

売買や賃貸に直接かかわっている私たちの会社では、ある地域でどういう人たちがどんな家や部屋を買ったり借りたりするか、その情報を細かいところまで握っている。そういうナマな情報から得られるヒントを彼らは欲しがっていた。

まだペーペーだった私は、答える上司たちのほうも頭を抱えているのを横で見ながら、下手なことを言わないように身をすくめていたものだった。

そして今。

しばらく安定していたが、今また一人世帯の割合が増える傾向にある。

これはいったい何を意味しているのだろう。

もちろん少子高齢化が進行しているせいだろうが、それ以外に、もっと別の理由もありそうだった。

考えられるのはやはり、離婚の増加、若年層のミスマッチによる晩婚化などだろう。わが業界もますます厳しくなりそうだ。
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