第30話 半澤玲子Ⅴの3

文字数 2,199文字


気分を変えようとテレビをつけてみたら、『海風45』という雑誌が突然休刊になったことを伝えていた。知らない雑誌だ。たぶんオジサン向けなのだろう。

なぜこんなことをニュースにするのかと思っていたら、何でも少し前に杉山未久という国会議員がLGBTを取り上げて、彼らには「再生産性がない」と書き、人権派の人たちからバッシングを食らったのだそうだ。で、今度は同じ雑誌で彼女を擁護する特集を組み、その中の一つの論文が前にも増してバッシングを食らったのだという。

出版社の休刊宣言には、そのことを反省する文言が盛られていた。でも出版不況で発行部数が激減したのが本当の理由なんじゃないかと、わたしは疑った。わたしの会社でも、製造打ち切りの言い訳には、何かとそれらしい理屈をつけるのだ。



それはそうと、LGBTと聞いて、エリとのいつかの夜のことを思い出した。

あのときエリがわたしの首筋に寄せてきた唇の感触がほのかに甦る。わたしたちはもしかしたらLかもしれない、それも悪くないなと、あの時かすかに思ったのだった。

でも本気でそうなったら、性的マイノリティということになり、いろいろ面倒になりそうだ。カミングアウトという言葉を昔からよく聞くけれど、あれは、本当に必要なんだろうか。ケースバイケースじゃないのかしら。

それにしても人間て、不思議な動物だ。セックスは子どもを産むためじゃなくて快楽のために行われるし、相手も方法もいろいろなかたちが選ばれる。わたしだって、子ども産めない年齢なのに、男性を求めて恋活までやってる。老人ホームでも恋愛関係が生まれたり、結婚したりするって話も聞いたことがある。

老人ホームで結婚した人もセックスするのかしら。

する場合もあればしない場合もあるんだろうな。裸で抱き合って、キスして、したつもりとか。

でも、と、その先を考えた。してもしなくても、カップルとして残りの人生を生きていくこと、そのことをまわりが認めて、祝福してくれること、そのことに意義がある……。

人間て、きっとずいぶんさびしがりやなんだ。ていうか、きっと心が身体からすごく浮き上がって独り歩きするところがあるのね。

いい年になってるんだから、こういうこともこれから少しずつ考えていこうかしら。うん。玲子の人間研究。ちょっと哲学者っぽいな、などと一人で悦に入っているわたしでした。



テレビを消してスマホを取り、もう一度Fureai画面を出してみると、なんとトニーくんから二通目のメッセージが届いていた。胸キュン、なんて言ったら中学生みたいでおおげさだけど、正直、少し心が騒いだことはたしかだ。



《僕のメッセージ、読んでいただけましたか。お返事がなかなかないので、しつこいと思われるのを覚悟でまた書きました。これでお返事もらえなければ、ご縁が無いものと、あきらめようかと思っています。この前もちょっと自分の仕事のこと書きましたが、アニメはお好きですか。僕は仕事としては剛郭機動隊みたいなロボット系だろうと、サラ雪みたいな子供向けのものだろうと何でもやりますが、個人的には『となりのポポロ』とか『広い世界の端っこで』みたいなハートウォーミングなのが好きです。ワレモコウさんは、生け花をやっているそうで、プロフィールの雰囲気からも、たぶん温かい心を持っていらっしゃるに違いないと信じています。その点で、きっと打ち解けてお話しできると思っています。この前も書きましたが、ワレモコウさんは、きれいな人です。僕にとってはとても魅力的です。どうか一度だけでも結構ですから、お返事してくれるとうれしいです。》



うーん。読み終わってみると、胸キュンは冷めていた。

日常生活が壊されていくあの『広い世界の端っこで』がそんなにハートウォーミングかなあ。もう少しうまい言い方ができないのかしら。改行が全然ないのも気にかかる。

ま、それはいいとして、こう攻めてこられると、応えないわけにはいかなくなる。容貌と同じように、可愛いところがある人みたいだ。子どもを持ったこともないのに、何となく母性本能をくすぐられた。

わたしは自分が可愛がってもらいたいほうなんだけど、歳の差から言えば、逆の組み合わせパターンも当然ありだ。

でもこの人、「下手な鉄砲」いっぱい打ってるかもしれない。そのことをしっかり想定した上で、返事を書いてあげよう。明日早いので、もう寝なくちゃいけないんだけど、せっかくの好意に報いる気持ちで頑張ってみた。



《お返事しなくてすみませんでした。ちょっと立て込んでいたものですから。

アニメはあまり見ないほうですが、『広い世界の端っこで』は見ました。ゆきさんが時限爆弾を踏んでしまって直美ちゃんを失い、大切な右手を失ったシーンには驚くと同時に、泣けました。ああいうふうな描き方は、きっとアニメでしかできないんでしょうね。

戦争というきびしい時代を生きる運命を背負ってしまった人たち。それでもふだんの生活は続いていくのですね。そのことの強さを感じさせるとても良いアニメだと思いました。

それから、わたしはきれいではありませんし、トニーさんが思っていらっしゃるほど温かい心の持ち主でもありません。ただの中年おばさんです。じつは最近は、暇がなくてお花のほうもさっぱりなんです。

これからも仕事の関係で、あまり几帳面にお返事できないかもしれませんが、よろしくお願いいたします。》
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