第48話 堤 佑介Ⅶの3

文字数 3,381文字

その余計なことの一つに、「婚活」がある。またそのことが気になり出してきた。最近は、仕事を離れると、ついそっちのほうに気持ちが向く、

帰宅途中の電車の中で運よくすぐ前の席が空いたので、タブレットを取り出して、いろいろ調べてみた。ゲーム感覚、ゲーム感覚と自分に言い聞かせながら。

調べていくと、出会いがどれくらい成立するのかはともかくとして、婚活サイト自体がものすごくたくさんあり、相当な市場を形成しているのに驚いた。

逆に言えばこれは、それだけ出会いや結婚が成立しにくくなっているという、篠原とも共有した認識を裏付けるものだった。

だんだんとハマっていく。

帰宅してからも着替えもせずに追及し続けた。

まずは、亜弥が勧めてくれた例のCMのCouplesに行ってみた。なるほど、SNSのフェイスメイトを通して簡単に登録でき、しかも仲間にはけっして知られない仕組みになっている。

ただし、もし異性の知人の誰彼が同じサイトに加入していれば、お互いにばれてしまう可能性がある。まあ、そうなったとしても、双方がとぼけていれば済む話ではあるが。

また、婚活を続けるにあたってのコスト面では、女性がかなり優遇されていた。この市場では、男女平等ではないのだ。つまり「人権思想」など出る幕ではない。

逆差別だなどと表立って文句をつける男性も皆無だろう。これはパーティやイベントの参加料金で、女性が安くなっているのと同じだ。稼ぎの実態からして、妥当なことだと思う。

また女性をいたわる気持ちからいっても自然なことだし、男のほうからきれいな女性をゲットしようと求めていく伝統的な男女関係のあり方にもフィットしている。

「男はつらいよ」でかまわないのだと思う。フェミニストたちは、慣習が許しているそういうことには頬かむりをしている。



いくつかサイトを探ってみたが、まあ、だいたい似たようなものだった。けっこう高額の入会金や初期費用のかかるものもあったが、これは結婚相談所系のもので、ちょっと時代遅れかもしれない。

初期費用が無料のサイトは、登録し、写真を掲載し、年齢認証を受け、自己アピールのためのプロフィールを送る。女性の年齢付き写真とプロフィールをいくつも見ることができるので、気に入ったら「いいね!」を送る。

しかし無料では限度があってすぐ尽きてしまうので、ポイントを増やすために課金に応じなくてはならない。この段階で男女差がはっきり出てくる。

また、有力サイトには経験者のレビューがある。おおむね評判は悪くないが、「サクラが多い」「ぼったくりで出会いの確率ゼロ」「くそアプリ」などという悪評判もたくさんあって、これらを平気で載せているのは、鷹揚さをあえて見せるビジネス感覚か。

ネット広告は何であっても、その企業に自信があれば、批判的レビューも載せるものだ。それは不動産でも同じである。ただ、わざわざレビューを書く人というのは、被害感覚が強い人が多い。辛口の点数をつけることには快感が伴うからだ。

ともかく、「ゲーム感覚」で、Fureaiというサイトに登録してみた。Couplesよりはシェアは落ちるが、システムはしっかりしているし、何となく自分に合っているように思えたのだ。



写真3枚。

私はあまり自分の写真を撮ったり撮られたりしたことがない。ここ二、三年誰かと旅行に行ったこともないので、適当なのが見つからない。あまり古いのでは、若すぎて疑われてしまう。しかたなく、自撮りによる外ない。スーツ姿のままだったことをいいことに、2枚はそのまま撮った。

正面向きと、ちょっと角度を変えてリラックスした笑顔。それぞれ何枚か撮る。

後の1枚は、着替えをしてからにする。いつもの普段着ではちょっと、と思ったので、クローゼットからカジュアルなジャケットを選び出した。

ファッションショーをしているみたいだ。こんなことにけっこう真剣になっている自分がおかしかった。女になったような気分だ。

改めてアルバム欄で見ると、ずいぶん老けたなという印象がまずやってきて、こんなんで「いいね!」が来るのか、と自信をなくした。

でもまあいい、半分は遊びでやっているつもりだと言い聞かせて、さて次はプロフィール。

これを書こうとして、パソコンに向かうと、「おい、堤、遊び半分なんてダメだぞ」と言う篠原の声が聞こえるような気がした。

たしかに、やる以上は、きちんとした自己紹介文を書く必要がある。もともと私は言葉にうるさいほうだ。仮にも相手を惹きつけようとしているのに、いいかげんでは済まされない。

こういう時は、腰を据えて一杯やりながらに限る。

シ―ヴァス・リーガルを取りに立ち上がった。同時に無伴奏チェロ組曲のギター演奏版を、ボリュームを落としてかける。ああ、そういえば、しばらく音楽も聴いていなかった。瞑目し、思わず深呼吸した。

少し間をおいてから、紹介文に取り掛かった。あまり凝るのもどうかと思い、ごく必要なことだけを、率直かつ慎重に記述した。それでも小一時間かかってしまった。

あとは年齢認証の手続きと、どのランクのサービスを受けるかについて決めることが残されている。

免許証の写真を取ってFureai当局に送る。サービスは、「半年分がオトク」というのを選ぶことにする。「物件」を探すためのポイントがぐんと増えるし、「いいね!」を送った相手に自分のプロフィールを見てくれるようお願いできる。マッチングの機会をできるだけ多くするわけだ。

もっとも、オトクといっても12000円。いいお値段だ。まあ、仕方がない。明日振り込むことにしよう。



ひと仕事終えた気分になった。篠原に電話してみたくなった。

「やあ、どうした」

「どうもこうもないんだけどね、あれからいろいろあって、またおぬしと飲みたくなったってだけさ」

「いろいろとは」

「いや、大したことはない。仕事と恋愛と」

「なに、恋愛だと。いよいよ堤もlove affairの始まりか」

「冗談、冗談。でもたったいまさ、婚活サイトってやつに登録したのよ」

「ほーお、堤が婚活にねえ。それも一手だな。何やら興奮が伝わってくる」

「それで、どうかな、その興奮を分け与えることも含めて、近々会えないか」

「俺は興奮しなくていいよ。今さら回春は無理だ。それはそうと、ここんとこちょっと忙しくてな。いや、この歳んなると、政府関係やら、外郭団体やらのお呼びが多いのよ。でも都合はつけるから、ちょっと待ってくれ。いまスケジュール調べる」

ということで、次に篠原と会うのは、24日の水曜日ということになった。できれば休日の前がいいのだが、まあ仕方がない。



【堤 佑介婚活サイトFureaiプロフィール】

ニックネーム:ゆう

年齢:55歳(認証済み)

身長:171㎝

タバコ:吸わない

趣味:音楽、美術、映画、落語鑑賞、読書、気の合った友人との会話



《自己紹介文》

プロフィールを見ていただき、ありがとうございます。

仕事に追われる毎日です。

趣味欄にいろいろ書き並べましたが、どれも忙しくて思うに任せません。

離婚してから13年経ちます。

もう遅いかもしれませんが、連れ添う人を求める気持ちが募ってきたので、無理とは思いながら登録してみました。

一人娘は成人して職を持ち、別れた妻と同居しています。

自分は昔から不思議がり屋のところがあり、

仕事に直接関係ないことでも、理屈っぽく考えるたちです。

いろいろな社会問題に関心があります。

いまの仕事は、さまざまなお客様とじかに接することが多いので、

人間好きの自分には適しているのかもしれません。

あまり自分から希望を語るべきではないとは思いますが、

もしお付き合いしていただけるなら、

世代が近く、共通の話題を持てる人がいいと考えています。

どうぞよろしくお願いいたします。



《ディテール》

職業:中規模不動産会社営業所長

休日:水曜日、第三木曜日

体型:中肉

居住地:東京

出生地:横浜

家族:長女一人。両親は他界。

同居人:独り暮らし

年収:700万円以上

婚姻歴:離婚

好きな料理:和食、イタリアン、その他何でも

お酒:飲む

性格:真面目・明朗・好奇心旺盛

学歴:四大卒

休日の過ごし方:読書、散歩、覚書を書く、音楽鑑賞(主にクラシック)、時々落語

転居の可能性:時と場合による

望ましい交際:ゆっくりメール交換をし、機が熟してから会う

初デートの料金:自分が全額負担
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