第13話 半澤玲子Ⅲの1

文字数 1,605文字


                                 2018年9月8日(土)



なんとわたしの予感はあたってしまった。

4日に台風21号が近畿地方に上陸して関西空港に大きな被害を与えたと思ったら、6日の夜中には北海道で震度7の大地震。全道で停電。いったい日本はどうなっちゃうのかしら。

ああいう災害があると、平時の出荷の体系が狂ってしまって、こっちにもしわ寄せが来る。おかげで昨日も9時過ぎまで残業だった。現地では生活用品の確保でさぞ大変だろうな。

でも、少なくともいまのところ、首都圏は被害に遭っていない。ここに住んでる自分としては、人には言えないけど、ラッキーと思わずにはいられない。

遅い朝ご飯を済ませて、ベランダのポトスとポインセチアにお水をやりながら、今日はだらだら過ごそうかと思っていたら、携帯が鳴った。エリだった。

「あ、エリ。元気?」

「元気、じゃないかな。昨日は9時半まで残業よ」

「こっちもよ。それにしても台風と地震の連続パンチ、すごいわね」

「そう。ウチの会社、物流が乱れるし、産地直送なんか抱えてるから、北海道がやられるとダメージ大きいんだよね。」

「ああ、そうかもね。ウチも関西にも北海道にも支店があるから、その影響がもろに来るのよ」

「お互いこれから大変になりそうね。会えなくなる前に会っとかない? そっちの都合はどう?」

「いいよ」

「じゃ、この前と同じでいいかしら。6時に予約入れとく」

「ありがとう」

二週間前にあの暑さの中でエリに会った。そう、まだ二週間前なんだ。

今度は彼女のほうから会いたいと言ってきた。そうして今日もこの前みたいに暑い日だ。まるでわたしを取り巻く熱気の渦のようなものがゆるりゆるりとお天道様のほうに登らせていくような感じ。ちょっと大げさかな。

わたしは少し恐れていた。

もちろん断る理由なんかないんだけど、二週間前の話がまだ尾を引いていて、もしかしたら今日はその後の進展具合を聞かされる、というよりも聞かざるを得ないような流れになる、それが前よりも心をよけいかったるくしていくような気が何となくするのだ。

断ってもいいんだわ、いや、それはよくないよ、と堂々巡りの気持ちに揺り動かされながら、テレビをぼんやりと見ていると、二つの災害のその後のニュース。

関空のほうは水は引いて暫定的な運用が可能になったけど、タンカーの橋桁衝突の修復はまだまだこれから。

北海道の停電は、電力の全面復旧にはだいぶ時間がかかりそう。

それにしてもあの剥落した山肌の映像にはびっくりした。それぞれの被災地で懸命な努力を続けている人たちの苦労を思わずにはいられなかった。



この前エリに見立ててもらったオレンジのサマーニットにくすんだマリンブルーのロングスカートで、やっぱりちょっと口紅を濃い目にして家を出た。

さすがに日中よりは気温が下がっている。

イタ飯屋に着いてみると、今日は店の前にテラスを出していて、そこに家族連れらしい一組がいた。40代中頃の夫婦に、小学校高学年くらいの女の子と、低学年くらいの男の子。わたしの姪っ子甥っ子とちょうど同じくらいかな。可愛い。

妹の真奈美は割とすんなり結婚して、旦那の仕事の都合で海外へ行き、帰国してから二人子どもを産んだ。外資系で活躍している甲斐性のある旦那で、生活は優雅そうだ。横浜北部の建売住宅に住んでいる。

お正月や姪甥の誕生日なんかには時々会っていた。でも頻繁ではなかった。

わたしは子どもが大好きだし、生まれた時から彼らのことをよく知っていて、向こうも「玲子おばちゃん」によくなついてくれている。だから彼らには会いたいのだが、ただ、妹とは昔からあまりそりが合わなかった。それで彼らの家に出かけることにはためらいを感じるのが常だ。

それはそうだが、と、テラスにいる楽しそうな一家を店内から窓越しに眺めて、やっぱりわが身のことに思いが行く。

もう子どもは持てないんだわ……。
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