第18話 堤 佑介Ⅲの2

文字数 3,192文字


6時に終わって軽く打ち上げをしようということになった。

明日の日曜日も重要なのだが、明日は本部でモデルハウス改築についての会議があって、私が現地に来られない。そこで岡田が気を利かせて提案したのだ。

いつもの居酒屋で、男二人、女二人。

三人が生ビール、川越嬢は遠慮がはたらくのか、グレープフルーツサワー。

「皆さんご苦労様。好調な滑り出しでよかったね。今後の成功を祈って」

「あの午前中のお客は脈がありそうですね」

岡田がさっそく言った。

「うん、私もそう思った。しかし皮算用は禁物。戸建て市場は厳しいからね」

「明日もちょっとした勝負ですね」

「うん、岡田君、よろしく頼む」

「しかしこんなに災害が続くと、こっちもいつ来るかわからないから、やっぱりお客さんもあの辺を心配されるんでしょうね」

「台風と地震と連続だからね。今年はちょっと異常だよね。」

「そういえば川越さんのご実家、神戸じゃなかった? 大丈夫だった?」

八木沢が訊いた。

「はい、家は大丈夫でした。でも母から電話があって、風すごかったよ、家が何度も揺れたんだよって言ってました。わたし、ちょうど阪神大震災の年に生まれたんですよ。あのちょっと後なんです。ですから母親はすごく災害に敏感になってるんですね」

みんながああ、なるほどというようにうなずいた。

「震災の時は大丈夫だったの?」

「ええ、何とか大丈夫だったみたいです。でも怖くて、大きいお腹抱えて一晩中車の中で過ごしたって言ってました」

「お母さん、震動で産気づいたとか」

岡田がジョークを飛ばした。

「ハハ、そんなことないと思いますけど」

「震動こそが美女を生む、って誰か言ってなかったかな」

ちょっとエッチなニュアンスを感じる。

すかさず八木沢がチクリと刺す。

「言ってませんよ、そんなこと。それよりいまの発言、セクハラに限りなく近い」

「なんで? 川越君、いまのセクハラ?」

川越は口を手で押さえながら笑って首を横に振るばかり。

「ほら、セクハラじゃないって」

「だから限りなく近いって言ったんですよ」

それから二人はセクハラの定義を巡って、ああでもない、こうでもないと議論した。

私と川越はおもしろそうに聞いていたが、結局、言われた本人がそう感じるか感じないかが決め手なのだという八木沢の意見に落ち着いた。ブサイクなオヤジから言われたらセクハラだが、イケメンから言われたらかえってうれしい場合がある、とも。

「すると俺は、ブサイクなオヤジに限りなく近いのかな」

岡田がひとりごとのようにつぶやいて、この話題は笑いで一段落ついた。

たしかにセクハラもパワハラも線引きが難しい。私自身も、日頃けっこう神経をとがらせている。岡田発言がセクハラとはどうしても思えなかったが、気の強い女性にそう言われたら、抗弁できないかもしれない。


私もこの会話を楽しんではいたが、一方ではさっき出た地震の話題が気になっていた。

そう、阪神大震災は、もうあの時生まれた子がこうして社会人になっているほど古い話になったのだ。

それにしても、あれから中越地震、中越沖地震、そしてあの3.11、熊本地震、今年6月の大阪地震、そして今度の北海道地震……と、数え上げるのを忘れてしまうほど大地震が続いている。

今度の地震は暖かい時に起きたからまだいいけど、厳冬の北海道でブラックアウトが起きたら、水や食料だけじゃなくて、産業も物流も止まって凍死者が続出するかもしれない。考えただけでもぞっとする。

話は変わるけど、と前置きして、

「今度の地震で、全道ブラックアウトしただろう。電気は我々の生活の命だからね。ガスヒーターだって石油ヒーターだって電気がなきゃつかない。これが冬場に起きていたら大変なことになっただろう。いろいろ反対意見はあるだろうけど、政府はこの際思い切って泊原発の再稼働に踏み切るべきだと僕は思うんだけどね」

所長はまじめすぎる、とよく言われる。酒の席でこういう話題を出すのはまずいとわかってはいた。だが所員の反応も見たかったし、仕事上の心構えをしっかりさせておく必要もあった。

原発再稼働の是非をみんなに問うのではなく、住宅で消費する電力源がどうあるべきかについての考えを、政府や電力会社任せにせずに、不動産業者としてしっかり固めておきたかったのだ。

電力自由化の流れは一応できてはいるが、ひところ流行ったソーラーはコストがかかり、住宅では売電しても償却できないという声が高く、最近は伸び悩んでいる。

しかし案の定、一瞬白けたような空気が漂うのを感じた。所長が言うことだからうかつには意見を返せないという遠慮もあるのだろう。私は、なんでこんなことを言い出したのかを説明した。

岡田が口を開いた。こういう時は、逃げずにまじめになるのが彼の性格だ。

「でも再稼働には相当時間がかかって、冬場には間に合わないんじゃないですか」

「それがね、専門家が書いてるのをネットで読んだんだけど、一か月ちょっとで出来た実績があるそうだよ。だから今すぐ始めれば十分間に合う。今度の停電では、泊を動かしていれば楽々避けられたんだ。ところが政府をはじめとした関係者は、反原発派を恐れて、原発のゲの字も出さない。おかげで北海道電力は死に物狂いの努力をしなくちゃならなかったそうだ。不合理なタブーの支配ほど怖いものはないよ」

女性陣は、やはりあの原発事故の余韻が心の中にわだかまっているのか、固い表情をして黙っていた。

岡田は、しばらく考えるふうにしてから、再び口を切った。

「おっしゃることはとてもよくわかります。再生可能エネルギーは、特に太陽光や風力はいろんな意味で日本の風土に合わないし、蓄電技術が発達してないから供給が不安定ですしね。そうである以上、政府がベースロード電源として原発を位置付けているのは、当分の間は当然だと思います。でも、いずれにしてもこれは国家レベルの話ですから、原発を再稼働するかどうかについてはわれわれが口出しできない領域ですよね。」

「うん、それはそうだ。だけど、これから発送電分離が進むとすると、各家庭での自家発電の機運も高まるかもしれないよ」

実はそんな可能性はないと思っているのだが、ちょっとカマをかけてみる気もあった。

「ですが、われわれの業界では、家庭用の電源を自家発電で、っていう方向性をあまり積極的にお客さんに勧めるべきじゃないと思います。」

「というと?」

「ソーラー発電に将来性が見込めないからです。供給が不安定な上に、初期コストが高くてなかなか償却できない。売電価格が年々下がってますし、メンテ費用もけっこうかかりますからね」

今度は私が助太刀する。

「じつは岡田君の言う通りだと私も思ってる。それにマンションの場合は、充電設備の設置に管理会社や住民の合意が必要だからね。ますます難しいよ。……ちょっと話を戻すんだけど、発送電分離は、電力の安定供給の観点からいって非常にまずいと私は思ってる。アメリカなんか、あれやったために停電がしょっちゅう起きて、連携がうまく行かないんで修復にすごく時間がかかったそうだよ。あれは民営化の流れだけど、何でも自由化、民営化ってよくないと思う。でもアメリカはもうそれを反省しつつあるんだよ。日本は相変わらずアチラサンの後追いをやってるんだね」

みんな黙って聞いてくれてはいたが、岡田以外は、やはり心底納得してくれたようには思えなかった。

話題がだいぶややこしくなってきた。というより私がややこしくしたのだ。ここらで締めた方がいいだろう。

「……いや、お疲れのところ、面倒な話を持ち出して悪かった。そろそろお開きにしましょう。明日は頑張ってください」

八木沢は、岡田と私の一方的な調子にちょっと不満そうで、何か言いたそうだった。セクハラ論議で勝ったからいいじゃないかと、私は含み笑いの気分で思った。川越はこれで解放されるかといった安堵の表情。
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