第114話 堤 佑介ⅩⅤの1

文字数 3,419文字


 2018年12月28日(金)


今朝は寒かったがよく晴れた。

ところがテレビをつけてみると、晴れているのはほとんど関東だけで、全国的に雲が多く、全国各地で初雪が降るかもしれないという。東北や北陸ではすでに積雪が観測されている。今年も豪雪の季節が始まるのか。

南関東は、台風にしても不思議に逸れていくことが多いし、雪は降ってもめったに積もらない。かえって関西や中国、九州のほうが夏の台風や豪雨はもちろん、冬も大雪に見舞われることがしばしばあるようだ。

そういう気象条件というのは、人の社会的な流動にけっこう大きな意味を持っていると思う。これでは首都圏一極集中が進むわけだ。

私たちは、家康の「先見の明」に感謝しなくてはならないのだろうか。しかし全国的な見地から見ればいいことではないが。

今日はいよいよ玲子様をお迎えする日。しっかり片付けたぞ。わたしのほうが後になる公算が強いとみて、テーブルに書き置きを残してマンションを後にした。


しかし考えてみれば、この2週間ばかりは、いろいろときつかった。


スタッフ再編成の問題では、岡田と退社時刻後に何回も残って打ち合わせをした。

岡田は各人の役割を極力明確にすることを主張したが、私は生来の優柔不断さも手伝ってか、あまりに明確にすると体温が伝わりにくくなり、かえって機動性を欠くことにならないかと危惧した。

岡田は、それでは従来とあまり変わらず、効率化に結びつかないと反対した。ふたりの意見が対立するのは珍しかった。

結局、岡田の考え方を基本的に採用する代わりに、これまで必要に応じて時々開いていた会議を、報告義務と相互交流を兼ねて2週間に一度に定例化し、パートやアルバイトの人にも、それぞれの時間の許す限りで出席してもらうこととした。

新しい組織形態についても検討した。

前に相談した通り、賃貸・管理部門のチーフを岡田に、「下町コンセプト」関係を私と岡田が受け持ち、売却関係のチーフを山下にする。

以下、全体を見渡して、新しい事業企画の推進やスタッフのそのつどの配属などを担当する総務のような部門を作り、八木沢に担当してもらう。同時に彼女とは、たえず私との意思疎通を怠らないようにする。

本部の前園君との接触を可能な限り作り、できれば彼に、頻繁に来てもらう。こちらからも出かけてゆく。

岡田の下には、中村、川越が直属するものとし、彼らには主に接客に当たってもらう。

山下の下には、谷内と小関、これも接客担当。暴走気味の谷内をベテラン山下がうまくコントロールする。本田には、彼の得意を活かして、なるべく情報処理と書類関係の整理に集中してもらう。

アルバイトを新しく2人雇い、年明けからの繁忙期に備える。外国人はNG。

売却よりも賃貸関係がこれから増えそうな勢いなので、岡田チームには、パートのうち、週4日フルタイムで来てくれる中岡さんと、週5日10時から4時まで来てくれる村瀬さんにも加わってもらうことにして、週3回の鈴木さんには、適宜、どのチームにも対応してもらう。

だいたいこんなところで決着した。

この結論を、全員が揃う25日の火曜日午後に発表した。

11月の業績があまり思わしくなかったこと、それは成約数にかかわるものではなく、賃貸料や売却価格の低下にかかわるものであることも正直に話した。経理の渡辺にも、具体的な部分について、補足説明してもらった。

みんな複雑な表情を浮かべていたが、最終的には、納得してくれた。八木沢が一番やりがいを示してくれたので、ほっとした。


私はこうして年末の多忙に追われる間も、例の臨時国会のひどさに腹が立っていた。そして自分のような一介の国民の無力に対しても。

そんな折、韓国の駆逐艦が日本のEEZ内で、自衛隊の対潜哨戒機に火器管制レーダーを照射したというニュースが入った。20日のことである。

火器管制レーダー照射というのは、火器による攻撃の準備行動である。海上での宣戦布告に近い挑発行為だ。休日だったので、テレビやネットにくぎ付けになった。

いろいろ聞いたり調べたりしているうち、どうも親北の文在寅大統領が、北の工作船を護衛せよとの指示を自ら出していたというのが真相らしい。それでないと、写真撮影という哨戒機の通常の行為に対してわざわざレーダー照射などするはずがない。しかもレーダー照射の事実を韓国側は認めているのだ。


この日の夜、篠原から電話がかかってきた。

「おい、日本はひどいことになってきたな」

「まったく」

「オフィスの忘年会は終わったか」

「うん。18日に終わった」

「どうだ。明日一杯やらないか」

「明日か。うん。忙しいが、まあ、いいだろう。時間を空けよう。8時でもいいか」

「かまわん」

彼の声は、怒っているように聞こえた。わたしも何ものかに対して怒っていたので、それをぶつけ合う機会を年内に一度持っておいた方がいいと思った。夜のうちに「夕凪」に予約を入れた。8時半をすぎないと無理だと言う。


「夕凪」はまだ混んでいた。

カウンターの片隅が二つだけ空けてある。今日はなぜかアキちゃんがいず、代わりに年配の男性がサービスしていた。

「今日はやけ酒だな」

少し遅れて入ってくるなり、篠原が言った。

「きのうのレーダー照射か」

「それもあるが、こないだの臨時国会は、なんだありゃ」

「俺もあきれたよ。日本も終わりかもな」

「移民法で乱闘みたいになったけど、そのどさくさに紛れて水道民営化と漁協解体を二つ通してるだろ。グローバリズム・ジャパンはこれでほぼ完成だな。そのことにほとんどの国民が声さえ挙げない。もうそんな気力を喪失してるんだ。俺はな、臨時国会が終わったこの2018年12月10日を、勝手に日本の『国恥記念日』と名付けてるよ。それも外敵の強圧に屈したわけじゃない。すべて自分で自分の首を絞めた結果なんだ。」

篠原は、いつもの捨て台詞的な調子で、ビールをぐいとあおった。

「『国恥記念日』……そうかもしれない。でもまだ消費増税が残ってるじゃないか」

「消費増税な。あれはまあ、延期ぐらいにはなるかもしれない。こないだ、と言ってももうひと月くらい前だけど、藤川悟が『しんぶん紅旗』のインタビューに出て、増税批判やったの知ってる?」

「あ、それは知らなかった。それってまずいんじゃないか。仮にも官房参与だろ」

「いや、ありゃ、十分計算してやってるね。ちょっとその筋から聞いたんだが、今年中に彼は辞任するそうだよ」

「ほう。それも解せないな。せっかく権力の中枢で孤立無援でがんばってきたのに」

「いや、もうやることやったって感じて、かえって外で暴れた方がいいと思ったんじゃないの。

彼や三石や中山にもっともっと暴れてもらいたいよ」

「だけど、圧倒的な少数派だろ。限界あるんじゃないの。みんな財政破綻信じてるんだから。俺だってこの前まで信じてたんだ」

彼ら目覚めている人たちが、たとえば何らかの連帯組織みたいなものを作る。

政党はまずいだろう。いままで成功したためしがない。

まずは、国民のほとんどが間違った認識を持っている事態を、少しでも変えることだ。ことに財政破綻を避けるために増税はやむを得ないと考えている連中に対して。

私は聞いた。

「で、どうして延期されるかもしれないと思うの」

「一つはさ、軽減税率ってあるだろ。あのめちゃくちゃ複雑な奴な。あれ、ほんとならもう各業界で準備進めてなきゃいけない頃なのに、全然動いてないじゃないか」

「そうだな。俺んとこでも何にもやってない」

「それから、民自党んなかに少しずつ慎重派が増えてきてる兆候がある。それは連中が別に緊縮財政の誤りに気付いたからじゃなくて、世論の空気嗅ぎ取ってて、ここで増税決めちゃうと、来年の参院選に勝てないって感じ出したからだ」

「ああ、たぶんそうだろうな」

「もう一つはさ、菅野官房長官が、増税は来年度予算が決まってから決定するって発言してるんだよ。まだ決めてないってことをにおわせてる。阿川はもともと財務省と対立してるし、しかもこの前の増税で懲りてるからな」

「なるほど。でも、せいぜいよく行って『延期』だろ。凍結か減税じゃなきゃ景気浮揚効果ないんじゃないの」

「それはそうだ。2020年に延期、なんてやったら目も当てられない。五輪投資が終わっちゃってるからな。それとダブルパンチになっちまう。ほんとはあれは廃止すべきなんだ」

「廃止すべきなんだ」の部分が、ことさら強調されてでかい声になった。
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