第111話 半澤玲子ⅩⅤの2

文字数 2,153文字



17日の昼休み、大原流本部に電話した。母が師匠をしていて、自分にも多少心得があることを話してみた。

電話に出た女性は、上の者に相談してみると言って、電話を替わった。名簿を調べてくれて確認が取れた。いろいろ話をしているうちに、向こうがこちらを信用してくれたようで、それでは初等科を飛ばして本科から受講して下さいということになった。

1月に出す辞職願いが受理されるのが2月になるだろうから、それが済んでから入会手続きをすることにした。

5月に研究会があって、そこで点数がよければ、師範科1期に飛び級も可能ということだった。

やったぞ、がんばるぞ。でもそれからが、いろいろとたいへんだろうな。

このことを夜、佑介さんにメールで知らせた。

彼はお返事メールで、わがことのように喜んでくれた。それから、わたしの母にはお正月にお邪魔してぜひお会いしたい、とも。

わたしは、大晦日をわたしの家で過ごし、翌日一緒に実家まで出かけることにしようと提案した。すぐOKのメール。


23日、横浜の真奈美一家の自宅に行って来た。

姪っ子、甥っ子には会いたかった。去年の夏以来だった。ふたりともずいぶん成長していた。特に詩織はもう女の子から思春期少女へと変貌した感じだった。

明滅する可愛いツリーの傍らで食事した。詩織と英太がわたしの送ったプレゼントを持ってきてお礼を言った。

英太にはニッキーのサッカー・ウェアー、詩織はちょっと意外だったが、英文社のシャーロック・ホームズ文庫全集。あまり本に親しむような子ではなかったのだが。

塾の友だちに感化されたのかもしれないし、勉強漬けの毎日から早く抜け出したくて、読み物に飢えてきたのかもしれない。あるいはうがちすぎだが、母親のくびきから脱したいという間接的な反抗のサインか。

少し値が張ったけれど、いずれにしても、けっこうなことだと思った。

真奈美から近況について何か突っ込まれるかと思ったが、それは杞憂だった。彼女自身が、それどころではないという雰囲気なのだ。かえって助かった。

崇さんが帰ってきた。すれ違いと言うのではないけれど、少し話をしてから早めにお暇した。

崇さんは、働き盛り。わたしより一つ下だが、お腹が出てきて堂々としていた。

夜道を歩きながら、こういうのがふつうの仕合せな家庭……と何度もそのイメージを反芻した。

それはそれで結構なことだけれど、どこかに違和感が残った。

詩織が中学生になり高校生になって、英太も中学生になって……つまりあと三、四年でこのイメージは崩れてしまうのではないか。はかないものだ。


25、26、27と、残務整理に追われた。

給料日が重なったので、その最終チェックが必要だっただけではなく、残務整理も新システムで行わなくてはならなかった。だからよけい時間がかかってしまった。

26日の夜、佑介さんからメールが入っていた。休日だったので、一生懸命、片付けと掃除と雑巾がけをした、とのこと。


《ゴミがいっぱい出ました。少しはきれいになったと思います。ポトフの材料は買ったので、28日、もし自分よりも先に来れるようだったら、どうぞ来てね。鍵はメーターボックスの中にかけておくね。メーターの裏側なのでちょっとわかりにくいかも。では楽しみにしています。》


日岡駅からの地図とストリートビューが添付されていた。掃除で奮闘している佑介さんの姿が目に浮かんだ。思わず笑みがこぼれた。


そして今日、28日になった。

昨日、かなり遅くなって疲れていたにもかかわらず、早く目覚めた。

張りつめるような寒さだが、快晴だった。しかしそれは関東だけで、他の地域はだいたい曇り。夜には全国各地で初雪が見られるかもしれないという。

東北や北陸には今年も豪雪の季節がやってくるのだろうか。つくづく南関東に生まれ育ってラッキーだと思った。

ゆうくんの家に早く行ってみたくて、10時少し前に家を出た。日岡は駅前に大学があるので有名な駅だ。

彼のマンションは、大学とは駅の反対側。電車の乗り継ぎがよく、家から1時間ちょっとでたどり着いた。赤いタイル貼りのしゃれた中層マンションだ。4階までエレベーターで昇った。ほんとに鍵がなかなか見つからなかった。そうね。簡単に見つかったらやばいよね。

やっと探り当てて、ドアを開いた。 

わたしのところより、間口が広いタイプで、しかもリビングがかなり大きかった。でも隣のベッドルームとリビングとに本棚やラックがあって、かなりのスペースを占領している。南向きで、日当たりがよかった。斜めに差し込む真昼近い日のために、白木のコーヒーテーブルが反射光でまぶしいほどだった。

エアコンのスイッチを入れた。

ソファの上にノーパソが投げ出してある。ラックにはCDやDVDがかなり並んでいる。間に趣味のいい花器や陶磁器のたぐいがいくつか置かれていた。中の一つ、この花器だったら活け花に使えるなと思った。

ダイニングの壁には、ワイズバッシュのリトグラフ。チェロとバイオリンのデュオの絵だ。

カウンターキッチンなので、これならお互いにお話しができる。田原町のマンションにも愛着はあるけれど、ここもすっきりしていてとても快適だ。早く引っ越してきたいと思った。

ダイニングテーブルの上に書き置きがあった。


《愛しいれいちゃん、おはよう!
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