第29話 半澤玲子Ⅴの2

文字数 2,823文字


あれから例の恋活サイトでは、「いいね」がけっこう入った。もちろん、わたしのほうからも「いいね」をいくつか入れた。結果、マッチングが三つ。やっぱり素直にうれしい。来た、というだけでちょっとわくわくする。

若い順にいきましょう。



一人は39。未婚。ニックネームは「トニー」。身長170。目が大きくてきれい。丸顔で年よりも若く見える。アニメ制作会社に勤務。

「国内旅行をよくする」と書いてあり、東京在住、どちらかといえばインドア系で、好きな料理も和食とイタリア料理。わたしと一致している。年収は300万以上。

悪くない、と思ったし、アニメ制作という仕事に興味がわいた。

しかし、プロフィールに年齢差はそれほど気にしないと書いたくせに、じつは、気になる。大学生といってもおかしくないほどの若作りで、頼りがいがあまりなさそうに見える。

8つ違うと、わたしのほうが早く老けてしまうので、そうなったとき、相手が気を移すのではないかという不安がぬぐえない。

自己紹介文もちょっとつたない感じだ。「望ましい交際」の項目も、「マッチングしたらすぐに会いたい」を選んでいて、わたしと食い違ってる。

でも、8歳も年上のわたしに的を当ててくれたことには、素直に感謝したい。



二人目。49。バツイチ。ニックネームは「ひろくん」。身長168。子ども無し。生命保険会社に勤務。年齢的にはちょうどいいけれど、顔が何となく貧相で、疲れた感じ。奥さんに逃げられたんじゃないかしらと、余計なことを考えてしまう。

趣味は音楽鑑賞、美術鑑賞、読書、散歩。年収300万以上。

普通に正社員として働いてきたなら、男性としては、この年齢で300万以上はどう見ても少ないんじゃないかな。少なくてもかまわないんだけど、もしかして転職を繰り返していたり、派遣社員だったりして、不安定そうに見えるのが気にかかる。

最近は非正規社員が4割だっていうから、その部類なんじゃないかしら。それに生保系っていってもピンキリだろうし、キリのほうだとしたら先行きが危ぶまれるなあ。

年齢、趣味、バツイチなどでマッチングしたんだろうけれど、やっぱり甲斐性の点で落ちるかな。



三人目。58。未婚。ニックネームは「テッチャン」。私立高校国語教師。趣味は山歩き、読書。日本の古典や歴史に興味があるので、歴史遺産のある地方をよく旅行するという。歳にしては若く見えるが、ちょっといかつい感じ。身長が163とかなり低い。

でもさすがに文章がしっかりしていて、知性が感じられる。高校教師だからそれは当然か。学校名は書いてないけど、かなりレベルの高い学校じゃないのかしら。年収は900万以上。

「こんなことを言う資格はないのですが、優しく落ち着いた感じの女性がいいなと思っています」とある。繊細さを感じる。

知性派、そこそこ高収入。こういうデータって、やっぱり女心をくすぐる。だけど、わたしのほうが付いていけないかもしれない。古典や歴史なんて、てんで教養がないもの。

でもどうしていままで結婚しなかったのかしら。

そうだ、例の四分の一が未婚ってやつか。珍しくないんだったわ。意外と、こういうハイレベルの人のほうが出会いの機会が少ないのかも。

いやいや、キャラが問題だから、それは会ってみないとわからないな。

年齢が11違う。万一結婚とかなったら、わたしが60になった時、この人は71。母と同じ75になった時86。平均年齢からすると死んじゃってるかもね。でも、そんな先のことはわからない。

なんだかんだ言っても、この三人の中では、やはり最後の人が一番自分にしっくりくるかな――そう思った。

さてどうするか。こちらからメッセージサイトに書き込むか。

女性が積極的にならないと出会いが成立しない時代だというのは、エリにもさんざん聞かされたので、そのことはじゅうぶんわかっていた。わかってはいるけれど、しばらく「惑いの時」を過ごした。

結局、向こうからの反応を待つことにした。期限は五日間。すると、マッチングの翌日にメッセージが来た。一昨日の日曜日。

他の二人からも来たけれど、応じないと悪いとは思いながら、こちらにあまりその気がないのに、ヘンに気を持たせてしまってはかえって申し訳ない。

というわけで、無視を決め込むことにした。とはいえ、トニーくんにはちょっと未練が残った。



エリに見せてもらったけれど、マッチングすると、たいていの人は「マッチングありがとうございます」と書き出す。前の二人もそうだった。男女ともに常套句になっているらしい。

でもテッチャンさんは違った。「マッチングして、とてもうれしく思いました」というのだ。考えてみれば、このほうが正しい日本語だ。

だって、マッチングというのは、何かの基準がコンピュータにインプットされてて、それぞれのプロフィールを自動的に判断して、互いの合致点が高ければ機械的に成立するシステムでしょう。相手に「ありがとうございます」とお礼を言うのは変だ。

このあたりにもわたしは好感を持った。同時に、わたしってけっこう言葉にうるさくて理屈っぽいんだなと改めて気づいた。この理屈っぽさは人から指摘されたことはないけれど、これから新たに「男への旅路」に発つ身としては、気をつけておくべき点の一つだ。

さてテッチャンさんの最初のメッセージ。



《マッチングして、とてもうれしく思いました。高齢者までもういくらもないので、半分あきらめていたのですが。

可愛らしいお写真を拝見して、優しい方にちがいないと感じました。また静かな暮らしをお望みで、お花を趣味にしていらっしゃるとのこと、とても好ましく思います。

お花は何流でしょうか。

プロフィールにも書きましたが、私は職業柄、歴史や古典に少しばかり詳しいので、もしお付き合いしていただけるなら、そちらの方面にも興味を持っていただけると、うれしく存じます。

どうぞよろしくお願いいたします。》



 少し時間をおいて返事した方がいい。それだけ向こうの期待感が高まるから。でもあんまり待たせないように。と、これはエリの入れ知恵。

 そこで翌々日の夜、つまり今夜、仕事から帰って夕食を済ませ、落ち着いたところで次のようにメッセージを返した。



《メッセージ、ありがとうございます。お返事が遅くなり申し訳ありません。ちょっと仕事が立て込んでいて余裕が持てなかったものですから。

お花といっても、最近はあまり打ち込む暇がなく、ほんの時たましか手をつけません。流儀は大原流です。

歴史や古典のことにはとんと暗い方ですので、ご期待に応えられるかおぼつかないところがございますが、いろいろとご教示いただければ幸いです。

こちらこそ、どうぞよろしくお願い申し上げます。》



まだあなたのことをよく知りません、ということをきつく念頭に置きながら、けっして尻軽女と思われないように、慎重に言葉を選んだつもりだった。たったこれだけなのに、なかなか疲れるものだ。ふう。

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