第22話 半澤玲子Ⅳの3
文字数 2,524文字
母はしばらく間を置いてから遠慮がちに言った。
「再婚するつもりはないの」
初めての一撃だった。
じつはわたしは、今夜ここに泊まらせてもらって、明日、例の婚活サイトに登録するためのプロフィール文を念入りに書くつもりでいたのだ。タイミングぴったりだ。気持ちを見抜かれているようだった。
載せる写真はすでにスマホにため込んだスナップと、新しく撮った何枚もの自撮りのなかから最良と思えるものを決めてある。
どのサイトがどういう特徴を持っているかについて、きちんと紹介しているブログなどもけっこうある。目的別、シェアのランク、課金のしくみ等々。その種のサイトも、それなりによく調べてみた。
また男性の中には「ヤリモク」といって、Hするだけが目的で登録しているのがたくさんいるという情報もあった。恋活サイトはヤリモクの巣窟とあり、自らヤリモクだった男が足を洗って、女性向けにヤリモクを避けるためのコツをわざわざご教示してくれている。
これには笑ってしまった。窃盗犯で入所してる囚人が警察の要望で窃盗の手口を語って協力しているようなものだ。
でもそんなものだろうな、と思った。けれどこんなバツイチのオバサンにヤリモクで近づく男は、ほとんどいないでしょう。
男はいくつになっても若い女の肉体を求めるものだ。仮にフケセンがいたとしても、こちらが本気度を示して拒否すれば問題ない。
エリがトップのシェアを占めているサイト「Couples」を選んでいたのに対して、わたしは二番手の「Fureai」というのを選んだ。自分にはこっちの方が性にあっているかなと思ったのだ。
昔から、何となく一番人気を避けるようなところがわたしにはある。今の会社も業界トップではない。マンションも、一流どころではなく、ちょっとマイナーな不動産会社が売り出している物件を選んだ。
それにしても、婚活、恋活サイトには、外国人向けも含めて、300以上あるのにはびっくりした。
きっとこの業界も栄枯盛衰が激しいのだろう。中にはかなりいいかげんなものもあるに違いない。でもこれだけあるのは、少なくともニーズが豊富な証拠だ。ということは、いかに真剣な出会いを求めている男女が多いかを示している。
さくらちゃんが言ってた「代理婚活」だって盛んらしいから。
でも代理婚活って、結局お見合いと大して変わらない。それが立派なビジネスになってしまったというのが、昔と違うところだ。
自治体や民間で催しているイベントのたぐいも調べてみた。しかし年齢制限で引っかかった。都内でもいくつかの人気地区で、盛んにイベントやパーティが行なわれていたが、だいたいが女性二十代、男性三十代前半までで、最高でも39歳までだった。
そりゃあそうよね。四十代後半のわたしがのこのこそんなところに出かけたって、お呼びでないに決まってる。
結局、婚活サイトぐらいしか可能性はない。とにかく、エリに勧められて、ここまで来てしまった。そうである以上、自分の決意をより固めるためにも、親しい人に何らかのかたちで話す、ということが大事に思われた。
「再婚する気はないの」
こういうことを聞く人はこれまで山ほどいたけれど、いつも適当に受け流していた。しかし一度も正面切って問うたことのない母から尋ねられると、そうはいかない。手にしていた湯飲みをいったん食卓に置き直してから答えた。
「そうね。ちょっと考えはじめたんだけど……もうぎりぎりだもんね」
「……誰かつきあってる人……いるの」
今度はもっと遠慮がちな口調だった。
「……じつはこれから探そうと思ってるのよ」
頼りなく聞こえたに違いない。「いる」とウソをついてもよかった。「どんな人?」と聞かれたら、適当にごまかしてしまえばいい。
でもそんな簡単に見つかるわけないものね。正直に答えた方がいい。
「どうやって」と突っ込まれることを覚悟した。
でも母は、
「そう。いい人が見つかるといいわね。いま寿命が長くなってるから、これからの人生、きちんと考えておかないとね」
そう言ったきり、それ以上追及しようとはしなかった。でもその言い方には、何となく安心したような響きがこもっていた。母の優しい言葉と心遣いが、また少し私の背中を押してくれたような気がした。
明日は時間をかけて自己紹介文を練ることにしよう。エリのアドバイスも入れて、余計なことは書かずに、簡潔に。
【半澤玲子婚活サイトFureaiプロフィール】
ニックネーム:ワレモコウ
年齢:47歳(認証済み)
身長:159㎝
タバコ:吸わない
趣味:活け花、ショッピング、映画、美術鑑賞、温泉、国内旅行
《自己紹介文》
プロフィールを見ていただき、ありがとうございます。
年齢が高いので、ずいぶんためらいましたが、友人に勧められて、思い切って登録しました。
毎日仕事に追われ、出会いの機会がほとんどないうちに、ここまで来てしまいました。
でも、これからの人生のことを考えると、先が長いので、このままひとりで老いていくのには、とても寂しいものを感じます。
どちらかというと、インドア系で、静かな生活が好きです。
東京在住ですが、若い頃、仕事でいくつかの地方をまわりました。そのせいか、それぞれの土地の特色を味わうことに関心があり、休暇をとって国内各地を旅行することが時々あります。
年よりは若く見えると言われますが、これはお世辞かもしれません。
極端に離れているのでない限り、相手の方との年齢差にはこだわりません。
相手の方のお話に合わせるのは、わりと上手なほうです。
お料理は、普通にできます。煮物などが得意です。
わたしのことを可愛いと思ってくださる方との、長くつづく着実なお付き合いを求めています。
《ディテール》
職業:トイレタリー系企業経理部
休日:土日
体型:やや細め
居住地:東京
出生地:東京
家族:母、妹
同居人:独り暮らし
年収:500万円以上
婚姻歴:離婚
子ども:なし
好きな料理:和食、イタリアン
お酒:時々飲む
性格:温和・明るい
学歴:四大卒
休日の過ごし方:映画鑑賞、ショッピング、友人と会う、散歩、美術館巡り
転居の可能性:時と場合による
望ましい交際:ゆっくりメール交換をし、機が熟してから会う