第104話 堤 佑介ⅩⅣの3
文字数 3,146文字
スタッフの職務の再編成問題は、頭が痛かった。
7日の朝、とりあえず、スタッフ全員の陣容を、勤務曜日と時間とともに整理した一覧表を取り出して、しばらくにらめっこしていた。
●堤、岡田、山下、八木沢、中村、谷内、渡辺、本田、川越(週6日フルタイム)。
●非正規社員5人。
・うち-派遣1人(新人・小関。週6日フルタイム)
・パート3人(うち中岡・週4日フルタイム、鈴木・週3日フルタイム、村瀬・週5日10時から
4時まで)
・アルバイト1人(週3日1時から6時まで)
その上で、岡田と奥の会議室で密談することにした。
「そういうことでね。業績があまり芳しくない。下町コンセプトにも時間を割かれるし、年明けからは繁忙期だし、効率化を図らなくてはならないんだ」
「カード決済をいっそう進めていくってほうは問題ありませんよね」
「それはできると思う。問題は、ウチのような小人数所帯で、人事の面でどこまで効率化できるかだよね。もともと限界があると思うし、ハードなことを強いたら、転職されかねない」
岡田も表を睨みながら言った。
「ほんとにそうですね。私だって考え込んじゃいますよ」
「新人の小関君は、どう?」
「まだ未知数ですけど、よくやってますよ。まあ、ありがたいですね。存分に活用すべきです」
「スタッフのキャラをよくつかめるってのは、小さいところのメリットだと思うんだけどね。ここだけの話、たとえば八木沢君はあんまり接客には向かないなって、この前ちょっと感じたんだ」
「わかります」
「それで、それぞれの職分というか、業務内容をもう少し厳密化して、分業体制をはっきりさせた方がいいかなと考えたんだ。もちろん、臨機応変が大切だけどね。岡田君はどう思う?」
「基本的に賛成ですね。それには、指揮命令系統がしっかりしてないとだめですよね」
「そうだね」
「これ、いつごろまでに確定……」
「まあ、年内かな。そして年明けに発表する」
岡田はしばらく考えてから言った。
「たとえば、現時点で、すごく大ざっぱな話で申し訳ないんですけど、賃貸・管理部門と売却部門と、チーフを二人に分けるっていうのはどうですか」
「なるほど。それはいいね。賃貸・管理部門は岡田君にやってもらうとして、売却部門は?」
「当然、山下さんでしょうね」
「うん。山下さんには、賃貸からそっちに変わってもらうのがいいだろうね。それと、『下町コンセプト』は、私と岡田君が中心に当たるとして、本部の前園君とも緊密に連絡とって、頻繁に来てもらうことにしよう」
「それはいいですね。八木ちゃんはどうしますか」
「そうね。ちょっと考えたんだけど、外回りをなるべく減らして、全体の事業企画のような部門を新たに設定して、その責任者になってもらうのがいいかもしれない」
「なるほど。指導力を発揮するかもしれませんね」
「代わりに谷内君にもっと前面に出てもらう。彼は情熱的だけどちょっと勇み足のところがあるから、そのへんは、山下チーフが適宜コントロールする」
「わかりました。それと所長。アルバイトをあと一人、できれば二人雇わないと、正社員のほうに雑用の負担がかかりすぎて、せっかくの能力が十分活かせなくなりがちです。これって効率化のために大切だと思うんですが」
「そうだな。それは私も考えてた。パートの人たちとうまい連係プレーのあり方を考えることにしよう。ま、今日中に全部決める必要はないんだから、もう少し時間を取って詰めていこう」
「そうですね。私も極力時間を見つけて、所長との密談機会をできるだけ多く取りましょう。なるべくならオフになってからのほうがいいかもしれませんね。」
「ありがとう。私はかまわないが、悪いね」
「とにかくアグレッシブに行きませんと」
「アルコール抜きでな」
私が言うと、岡田はにこやかにうなずいた。私たちは、握手して、密談を終えた。
9日の日曜日、今度は西山ハウスの笹森さんから苦情が入った。隣の陳さんの子どもが、こちらの庭でうんちやおしっこをするというのだ。また、ゴミを庭に出しっぱなしにする。冬だからいいが、夏になってからでは困る。
いずれも本国でそういう習慣だったのだろう。
中村に折衝に当たらせてみた。彼にはもう少し度胸をつけてもらわなくてはと思っていたので、ちょうどいい機会だと考えた。
3時間ほどして、疲れた顔をして帰ってきた。
報告を聞く。
「奥さんしかいませんでした。ほんとは旦那と話した方が言葉が通じるし、効き目もあると思ったんですが」
「そりゃそうだね。日曜なのに旦那は何でいなかったの」
「なんでも、今日も仕事があるとかで、要領を得ません」
「ふむ。で、どうだった?」
「まず、おしっことうんちのほうですが、必ずトイレでさせてくださいと言ったんですね。そしたら、そうさせてるっていうんですよ。でもお隣さんから苦情が出てますよって言っても「クジョー?」とか言って「わかりません」の一点張り。しょうがないから、手振り身振りで説明しました。それでも要領得ないんで、玄関の外に子どもと一緒に出てきてもらって、たまたま笹森さんのところが留守だったもんですから、その庭まで連れてきて、この子がここでおしっこやうんちをするんだって、何度も手振り身振り交えて説明、これはダメですって知らせたんですよ」
中村の奮闘ぶりを想像して、なんだかおかしくなってしまった。しかし笑ってる場合ではない。
「でも納得しないんですね。そしたら、偶然、その子がそこでパンツ下げておしっこしようとしたんです。私はこれさいわいとばかり、その子を抱えて陳さんの庭のほうに連れて行った。奥さんはさらわれるとでも思ったのか、何するんですかって怒るんですよ。でも自宅の庭でもおしっこしてるんでしょうね。そこでさせたら、ようやくわかってくれたようです」
これもおかしくて、つい私は笑ってしまった。
「ハハ……それはたいへんだったね。しかし、自宅の庭でも困るな。たしか5歳くらいだったでしょ。奥さん、夜の仕事だっていうし、あまりちゃんとしつける暇がないのかもな」
「そうみたいですね。あれだと、またやっちゃうでしょうね。おしっこならまだしもうんちは困りますね。今度、旦那がいる時にもう一度行ってきますよ」
「悪いね。で、ゴミのほうは」
「これまた要領を得なかったんですが、こちらは現物があったんで、それを持ってゴミ置き場まで一緒に来てもらいました。でも、分別をわからせるのがたいへんでした。ゴミ置き場には絵入りの説明書きが貼ってありますよね。曜日の字は読めるようでした。で、何回も何回もこのゴミは何曜日、こういうゴミは何曜日って説明しました。まあ、その時はおとなしく聞いてくれて、一応理解したようでしたが、私の感じでは、すぐに守るとは思えませんね。だから、これも旦那がいる時に、もう一回、ちゃんと説明に行きますよ」
「旦那はたしか、リサイクル関係の仕事じゃなかったっけ」
「あ、そうなんですか。それだと説明しやすいかもしれませんね。行く前に中国のごみ収集状況を調べてったんですよ。そしたら、2017年に『生活ごみ分別制度実施プラン』というのが施行されたんですが、意味を理解しない住民が多くて、地域によってまちまちなんだそうです。専門家は、このプランは、1年や2年では定着しないだろうっていうんですね。だから、こっち来たって、わかるはずない。ましてや向こうとこっちでは分別方法も違いますからね」
「どうもご苦労様。じゃ、たいへんだけど、またお願いします。旦那の在宅、確かめてから行った方がいいね」
中村は小心なところがあるが、だからなのか、こういう細かい問題では、小役人みたいに几帳面に役をこなす。でもこれは、予想以上に長くかかるかもしれない。