第10章 十月十九日(土) -  2(8)

文字数 1,021文字

               2(8)


 脚を引きずるように現れ、幸一は照れ臭そうに、

 それでも充分嬉しそうな顔で、久子に向かって話したのだ。

「婦長さん、だから俺、彼女に長生きしてもらわないと、一生独身ってことに
 るんだ。だってさ、いきなりサンタの格好で現れる女の子なんているわけ
 ないし、もしいたらいたでさ、俺、そんな人怖いもん!」

 直美には絶対内緒だと言い、そんな報告を幸一はしていた。

 さらに、つい先日の電話でも、「結婚はしないの?」と尋ねた久子へ、

彼はやっぱり口にしたのだ。

「婦長さん、僕はきっと、ずっとこれからも独身ですよ……」 

 
               *


「まさか、未だそのことに縛られてるなんて、そうじゃないとは思うけど、で
 も、もしもよ、そうだったらって、思うとね……」

 そこで久子はひと息ついて、大きく深呼吸をしたようだった。

 そしてその後、それまで以上に真剣な声で、

 美津子への頼みを語り始める。

「あなたに、こんなことお願いしていいのかどうか、本当のところわかりませ
 ん。でも、あの人のお友達はあなたしか知らないし……だから、本当にご
 めんなさいね」

 そこで一旦静寂があって、久子は小さい咳払いをした。

「もしも、なんだけれど、あなたの周りに彼のことを、少しでもいいなって、
 思っている人がいたらね、そしてその方が、あなたから見て、お似合いだ
 なって思える女性だったらね、ぜひ一回、彼の前で、サンタの格好にしてあ
 げて欲しいんです。おかしな話でしょ? 常識外れ、だわよね。実際にはそ
 んなこと、難しいってわかってもいるの……でもね、もし、そんな機会が一
 度でもあれば、きっと何か変わるんじゃないかって、わたし、そんなふうに
 思うのよ」

 彼ならばきっと今も、

 直美との約束を胸に秘めているに違いない……だからお願い。

 そう続け、名残惜しそうに久子は電話を切ったのだった。


               *


「まあ実際に、そんなことできるわけ、ないんだけどね……」

 小さく呟き、美津子は由子のグラスに焼酎を継ぎ足した。

 すると足されたばかりの焼酎を、由子は一気に飲み干してしまう。

 そして空になったグラスを見つめ、

 ポツリと、まるで独り言のように声にした。

「彼、確かに言ってたの、サンタクロースとしか結婚できないって、それも、
 ちょうどこの店だったわ。でもって同じ日……彼の、退院祝いの後、だも
 の……」
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