第9章 もう一つの視点 -  2(2)

文字数 1,091文字

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 ――入院!? いいんじゃない? 一生入っていればいいのよ! 

 あの日、美津子が言い放った言葉を、

 ――みんなでお線香を上げに行ってあげるわ、病院の霊安室にね。 

 彼女は気にしないでいいと言う。

 ――あ、あなたの机ね、私が捨てといてあげるから 

 それまで繰り返した意地悪を、

 ――だから、安心して死んでちょうだい!

 直美は自分のせいでもあると言った。

 しかし実際はそうではない。

 本当は直美も、きっと気が付いていたはずだ。

 だからこそこの日から、日記に幸喜のことが書かれなくなる。

 美津子の頭の中で、こんなことばかりが浮かんでは消えた。

 そうしてようやく顔を上げると、彼女の前には直美の困った顔がある。

 そして美津子は次の日も、直美の家を訪れた。

 さらにその次の日も、そのまた次の日も学校帰りに寄ったのだ。

 何をするというわけじゃない。

 他愛もないおしゃべりをして、そんな時間がただただ楽しく夢中になった。
 
 そうして夏休みの前々日、思い切って美津子は直美に向かって聞いたのだ。

 運動会はともかく、遠足なんかも本当にダメなの? 

 もしよかったら、今度みんなで一緒にどこかへ行かない? 

 こんな感じを、かなり遠慮がちにだが声にした。

 すると直美の顔が一瞬パアッと明るくなった。

 しかしそんなのもすぐに消え、ちょっと考え込むような顔になる。

 それから美津子を見つめ返し、静かな声で言ったのだった。

「小さい頃って楽しかったりすると、つい自分が病気だって忘れちゃうでし
 ょ? でも、わたしはもう小さくなんてないし、充分病気を自覚しているわ
 けだから、本当は少しくらいなら平気だと思うの。だけど病気を内緒にする
 なら、みんなに知らせないままはダメだって......お父さんがね、許してくれ
 ない」

 だからと言って周りに知らせてしまうのは、

 直美にとって最も辛いことらしい。

 それから美津子は真剣な顔で、鎌倉へ行こうと直美に告げる。

 本当なら、去年遠足で行くはずだった鎌倉へ、

 みんなを誘って一緒に行こうと訴えたのだ。

 そうして直美からの電話があったのは、その夜十時を回ろうかという頃だ。

 きっと父親の了解をもらうため、そんな時分になったのだろう。

 ただとにかく、返事は条件付きだがオッケーで、

 美津子は飛び上がらんばかりに喜んだ。


                *

 
「それでまあ、何事もなく、ゆっくりゆっくり、みんなで鎌倉を楽しんだって
 わけだ」

「そしてその次は……元気になって高尾山、だったのね……」

 幸一の言葉に、

 美津子の声が流れるように続いていた。
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