第9章 もう一つの視点 -  1(3)

文字数 1,439文字

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 もともと、聞いていたメンバーに、
 
 向井くん、あなたの名前はなかったの。 
 
 ああやっぱり、と思ったけど、けれどやっぱり、ちょっぴり残念だった。

 でも、当日の朝になって、あなたは慌ててやって来た。

 わたしはすごく嬉しくて、

 それでも、そんなふうに思われないように、一生懸命普通にしてたわ。

 きっと、最後の一日だけ、わたしの元に届けてくれたのね。
 
 ありがとう、吉田さん。


               *


 こんな文面を思い浮かべ、自分の言葉にしていながらも、

 幸一は直美の気持ちが伝わるように表現していた。

 ゆかりと由子は頷きながら聞いていて、

 もう完全に思い出したような印象だ。

 ところが幸喜と悠治はそうじゃない。

 特に幸喜の方は、
 そんなことがあったのかという表情を、まるで崩していなかった。

「多分、鎌倉のことだけで、普段の一週間分くらい書かれてたんじゃないか
 な? それで最後にまた、吉田さんありがとうって、そんな言葉で終わって
 るんだ」

 ――吉田さん、ありがとう。

 そこにいる全員が、そんな言葉を心に思った時だった。

「それって、まさかわたしのこと?」

 いきなり部屋の扉が開き、美津子の声が響き渡った。

 扉の外で聞き耳を立て、自分の旧姓が出てきて今しかない! 

 と扉を開けた。

 まさにそんな感じで現れて、

 美津子は座敷に上がりこむなり勢いよく頭を下げる。

「ゴメンゆかり、他のみんなも、本当にごめんなさい!」

 顔を下に向けたまま、美津子は力一杯そう声にした。

「どうしてわたしって、すぐにカッとしちゃうのかしら、我ながら嫌になっち
 ゃう」
 
 顔を上げるなりそう続け、美津子はさも悔しそうな顔をした。

「美津子、いいから座りなよ。そんなの気にしてないって、なん年の付き合い
 だと思ってるのよ、わたしたち、ねえ、ゆかり!」

 由子はそう言って、さっき美津子が座っていた辺りを指差した。

 それからしばらくは、
 美津子がいない間にあった話をほぼほぼ由子が話して聞かせる。

「わたしが、向井の家に電話したの?」

「そうなんだって、美津子がさ、矢野さんに、自分からそう言ったらしいよ」

 向井くん誘うのを忘れてたから、今朝になって慌てて電話したの......

 だからもう少し待って欲しい――と、

 美津子は他のみんなにもそう告げていた。

「鎌倉にみんなで行ったのは、なんとなくわたしも覚えてるわ、でも、矢野さ
 んも一緒だったかなあ、それにどうして、一緒に行こうなんてことになった
 のかしら?」

「美津子はさ、放課後の教室のことは思い出したんだろ? で、その時に、彼
 女があなたに渡そうとしてたやつのことは、なにも覚えてないの?」

 幸喜からの返事に、美津子は素直に心の疑問を口にした。
 
 するとそんな疑問に、
 幸一も美津子に向けてさらなる問いで返すのだった。

 しかし美津子はさも辛そうに、ただただ申し訳なさそうな声を出す。

「もう言わないで、その時のことは、もうホントに、わたし後悔してるんだか
 ら……」

「違うんだ、あなた、さっき言ってたじゃない? 本を叩き落して帰って来ち
 ゃったって……だからそれって、その本、美津子は読んでないってことだよ
 ね?」

 そんな言葉に、美津子は小さくうなずいて見せる。

 ところがそれを見て、

 ゆかりが素っ頓狂な声を上げた。

「うそぉ!? 美津子覚えてないの? わたし、その日届けたじゃない? 家
 まで行って、確かに美津子に渡したんだよ」


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