第10章 十月十九日(土) -  4(3)

文字数 426文字

                  4(3)


 本当は、目にした瞬間に感じたのだ。

 その名をしっかり意識しながら、いっときの恐怖に駆け出してしまった。

 それからどこをどう走ったのか、気付けば見知らぬ町にいる。

 あれは、本当に直美だったか? 

 だとすれば、彼女から逃げてしまったことになる。

 そんなことが悔やまれて、

 幸一は通夜に来てしまったことを心の底から後悔した。
 
 そしてその夜、彼はかつてないほどの高熱に見舞われるのだ。

 それからの数日間、熱は一向に下がらない。

 気付けば父親の病院にいて、すでに通夜から三日が経っていた。

 そして退院してからも、

 幸一の生活は元のようには戻らなかった。

 昼頃やっと起き出して、

 特に何をするわけでもなくその日一日をダラダラ過ごす。

 ほとんど部屋に閉じこもったままで、食事さえ取らないことも多かった。

 そしてちょうど同じ頃、日に日に春らしくなっていく中、

 坂本由子の心も冬の寒空のように、

 どんよりとしたままだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み