第7章 変化 -  3(2)

文字数 1,933文字

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 ただ、幸一本人にとっては、

 それからの数ヶ月はまさしく平穏の日々となる。

 もちろん直美についての心配は、常に心にくすぶっていた。

 そうではあっても、そんなものを心奥底に追いやって、

 受験だけを見据えて頑張るんだと心に決める。

 そうしていよいよあと数日、年が明ければ受験一色という頃だ。

 幸一の元へ、突然、直美の父親から電話が入った。

 稔からの電話など、高尾山の一件以来久しぶりのことだから、

 ――何か、あったのか!? 

 そんな思いにドキドキしていた幸一へ、稔の声は意外にも明るい。

「最近、具合もそこそこいい感じなんで、沖縄で静養させようと思うんだ
 よ、 だから幸一くん、群馬はしばらく留守にするんで……」
 
 気温が低いのはよくないからと言い、

 稔はそのまま電話を切ってしまうのだった。

 ――帰ったら連絡するから? 

 ――そんなことあいつ、なんも言ってなかったのに……。 

 そんな幸一の不安を見透かすように、

 次の日の朝早く、今度は直美本人から電話があった。

 直美は内緒で掛けていると言い、小さな声で沖縄について教えてくれた。

「ごめんなさい、パパが先走って電話しちゃって……」

 ところが本当は内緒などではまったくない。

 受話器を握り締める彼女の声を、傍で聞いている人物もいた。

 それでも直美は構うことなく、幸一への言葉を重ねていった。

「そうなの、うん、群馬ってけっこう寒いから、やっぱり暖かい方が心臓にも
 いいんだって。でも、やっぱり病院はヤダし、それでなの……うん、発表の
 頃までには戻ってくるから、そう、たった二ヶ月間……」
 
 ――嘘だろ? そんなに長い間行ってるのかあ? 

 そこそこショックを受けていた。

「そう、たった二ヶ月だし、わたしも電話しないから、幸一くんもこの二ヶ月
 間、わたしのことなんか忘れて、絶対、勉強がんばってね」
 
 そう言って、直美はさっさと電話を切ってしまうのだった。

 受験までの二ヶ月電話をしない――というのも、

 少しでも勉強に専念させたいという一心だろう。

 それにしたって、

 ――たまの電話くらい、したっていいじゃないか……。  

 そんな思いがないわけではなかった。

 しかし高校に受かってしまえば、これまで以上に会うことだってできる。

 ところがだ。もしも不合格なんてことになれば、

 ――俺は、中学生浪人ってことになる。

 そうなってしまえば、

 そうそう直美と会ってばかりってわけにはいかないだろう。

 だから絶対に避けなければならない。

 そして高校に入っても、精一杯直美と一緒に勉強する。

 さらにできることなら……、一緒に大学生活を送りたい。

 それが無理でもできるだけ、彼女の生活に寄り添っていたかった。

 となれば、やっぱり直美が言うように、

 ――死に物狂いで、頑張るしかないってこと、だよな……。

 電話のあった数時間後には、彼もそう思えるようになっていた。

 とにかくそんなこんなで、

 それからはまさにラストスパートという必死さを見せる。

 ところが本番直前、最後となった最終模試でも合否判定は五分五分。

 それでも後は、運を天に任せるしかない。

 幸一は素直にそう考えて、

 直美にもらったお守りを手に試験会場へ向かった。

 そうして試験が終了し、

 やっと終わったという喜びを、

 直美と共有したい心の底から思うのだ。

 この二ヶ月とちょっと、

 本当に直美から連絡がなく、幸一も意地になって  

 ――というより、沖縄の電話番号を知らなかったというのもあるが――

 電話を掛けようとしなかった。

 母親はまだ、直美と一緒に沖縄にいるはずだ。

 そして父親の方も、こんな時刻はきっと会社にいるだろう。

 だからと言って、このまま家に帰る気には到底なれない。

 ――とにかく、行くだけ行ってみよう! 

 万に一つでも稔と会えれば、

 試験が終わったと電話を掛けてもらえるだろう。

 もちろんダメならダメで仕方がない。

 そう思い、試験会場からまっすぐ直美の家へ向かったのだ。

 冷静に考えれば、それは明らかに無意味と言える行動だ。

 それでもこの時、幸一は引き寄せられるように直美の家へ足を向けた。

 そうして案の定、家に人のいる気配はまったくない。

 ところがそんな現実を知るより前に、

 想像もしていなかった真実を、彼は聞かされることになったのだった。
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