第9章 もう一つの視点 -  4(2)

文字数 841文字

                4(2)


 直美の両親は、彼女の死後、

 鎌倉方面に引っ越していたらしい。

 日記帳を手渡された時の包み紙に、

 そんな住所が書き込まれていたのを、由子が偶然見つけていた。

「直美のことを訪ねて来てくれたのは、あなたで、二人目だわ」

 そう言って、美津子の前に現れた直美の母は、

 記憶にある順子ではもはやなかった。

 上品な印象はそれでも少しは残っている。

 しかしまだ六十代、それも前半くらいのはずなのに、

 さらに十歳は年老いて見えた。

 まるで化粧っ気のない顔や、無造作に束ねられた白髪が、

 より強くそんな印象を与えるのだろう。

 そんな順子が笑顔を見せて、美津子に向けて続けて言った。

「夫は近所のスーパーで、駐車場の警備員をやっていて留守なの。本当に残念
 だわ、 あの人がいたら、きっと喜んだと思うのに……」

 週末だけ働いているという稔は、今年の三月に会社を退職。
 
 それを期に、彼の実家があったこの土地で家を買い、

 夫婦二人で引っ越してきた。

 美津子は十二畳ほどの座敷に通され、座卓を挟んで向かい合って座った。

 そうして早速、同期会のことを口にして、

 そこでほんの少しだけ嘘を吐いた。

 同期会で直美のことが話題になった……だから皆を代表して訪ねたと、

 線香を上げさせて欲しいと美津子は伝える。

 すると順子はたいそう驚き、目に涙まで浮かべて喜んだのだ。

 さらにあの頃、美津子が夏休みまでの一週間、

 直美の家に通っていたのも彼女はしっかり覚えていた。

「そうそう、あの子がすごく喜んで……あれ、あなただったのね」

 順子はそう言ってから、深々と頭まで下げたのだった。

 もちろんそんな一週間の意味を、順子が知っているはずはない。

 さらに美津子の方だって、あえて伝えようとは決して思っていなかった。

 ところが仏壇を前にして、置かれた写真を目にした途端だ。

 直美の死という過去の事実を、現実だったと心の底から思い知る。

 そうして思わず向き直り、美津子は順子へ告げたのだった。 
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