第3章 矢野直美 - 3(2)

文字数 1,504文字

                3(2)


 それから二ヶ月、いよいよ冬本番となり、

 街ゆく人はみな肩をいからせ寒そうだった。

 しかし病室にいて、そんな光景を目にすることはまずありえない。

 窓を開け、真冬の風を感じなければ、凍てつく空気さえ知らないままだ。

 直美も同様、季節をまるで意識せぬまま、

 ベッドから、病院の裏庭を眺める日々が続いていた。

 そうして一日が終わるのを待ち、またその翌日もおんなじ朝をただ迎える。

 そんなある日のことだった。

 いつもの景色の中に、直美は見慣れぬものを発見する。

 ――あれ、何してるんだろう? 
 
 そう思ったのに続いて、

「腕を、怪我してるんだ……」

 思わず、誰に言うでもなく声となる。

 腕を白い布で吊って、いつもの裏庭に少年が一人立っていた。

 べったりと塗られた整髪料のせいで、一見そこそこ大人びて見える。

 それでも顔付きだけをしっかり見れば、

 高校生かどうかってくらいの少年だ。 

 さらにその風貌からして、到底真面目そうにも見えなかった。

 そんな少年が寒空の中、

 まさに寒そうに肩を揺らしながら立っている。

 そのうち辺りをフラフラ歩き出したり、

 いきなりしゃがみ込んで空を見上げたりと、

 明らかに時間を持て余しているようだ。

 なのにそこから離れようとしない。

 そしてとうとうその場にゴロンと寝転んで、

 少年はそのまま目を閉じてしまう。

 ――寝ちゃったの?

 冷たいコンクリートなんかで寝てしまったら、

 きっと風邪を引いてしまう。

 そんな心配までするのだが、

 ちょっと目を離した隙に、その姿はどこかへ消え去ってしまった。

 ――誰かを、待ってたのかな? 

 それにしても、どうしてあんな裏庭なんかで? 

 などとその後も、直美はついつい少年のことを考えた。

 ところがその次の日も、少年は裏庭に姿を見せる。

 丸椅子を抱え持ち、反対側には週刊誌を手にしておんなじところに現れた。

 さっさと丸椅子に腰掛けて、さっそく漫画本を読み始めるのだ。

 そうしてゲラゲラ笑ったり、

「くそっ! なんでこんなところで終わるんだよ! 」

 なんてことを声にして、彼はあっという間に雑誌を読み終えてしまう。

 その後はまた同じように、さっさと寝転んで寝てしまうのだ。

 それから三十分ほどそうしていて、

 彼はムクッと起き上がり、そのまま病院の中へ入って消えた。

 ――きっと、この病院に入院してるんだ……今の、わたしみたいに……。
 
 しかし自分ほど重い病気ではなく、

 日光浴のような感じでいるのかも知れない。

 そんなふうに思ってから、一見怖そうな少年に対し、

 直美は親しみのようなものを感じ始める。

 そうして三日目、彼はやはり同じ頃に現れた。

 前日同様丸椅子に座り、今度は何冊もの単行本を地面に積み上げ、

 それを上から読み始める。

 そしてまた、一時間くらいが過ぎ去った頃だ。

 来た時と同じように椅子の上に本を積み上げ、

 両手で抱えながら病院の中に消えてしまった。

 ところがその時、最後に読んでいた一冊が、

 ポツンと置かれたままになっている。

 そしてそんなことに気付かないまま、

 少年は次の日も、またその次の日も漫画と共に現れた。

 午後一時頃、どこからともなく現れて、

 だいたい一時間後にはいなくなる。

 そうしてそんな時間を、

 直美はいつしか心待ちにするようになっていた。
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