第2章 埋もれていた記憶 - 4(3)

文字数 1,017文字

「そうね、多分ここから歩いても、きっと二十分くらいかしら。この辺りでは
 ね、一番古いお寺なの。もしよかったら、後でご一緒しましょうか?」

 そう静かに告げてから、久子は少しだけ首を横に傾けた。

 それは見事に、一番恐れていた結末そのもの。
 
 だから美津子は必死になって心の疑問を声にした。

「それは……いつ、のことですか……?」

「十五歳……確か高校に上がるくらいの年齢だったわ。でも結局、彼女は中学
 にも、一度だって行けてない」

 十五歳――それが十年でも後だったなら、
 
 二十五歳ならきっとぜんぜん違ったろう。

 しかし、そうではなかったのだ。

 ――安心して、死んでちょうだい! 
 
 二十五年前の放課後、美津子は確かにそう言い放った。

 しかしそれは、確実に訪れるありきたりの死でさえも、

 意識しないままでの言葉なのだ。

 現実に起こらないと思うから、そんな言葉を口にもできる。

 ところが直美はあの日から、五年と生きてはいなかった。

 ――安心して、死んでちょうだい! 
 
 あの瞬間、彼女は何を思ったろう? 

 どんな顔をして、
 果たして美津子の背中を睨みつけていたのだろうか? 

 次から次へと浮かぶ疑念に、

 美津子は次第に顔を上げていられなくなった。

 熱いものが込み上げて、

 気を許せば途端に大声を上げてしまいそうだ。

 だからただただ下を向き、声だけは上げまいと力いっぱい拳を握った。

 しかしどうにも涙が溢れ出る。

 開けっ放しの瞳から、涙がぽたぽたと滴り落ちた。

 やがて絞り出される嗚咽とともに、

「十五さい……」
 
 吐息がたまたまそう聞こえたように、嘆きのように震えて響いた。

 そんな様子を不思議なくらい、動揺もせずに久子は静かに見つめている。

 しかし震える声が聞こえると、

 ほんの一瞬目を伏せてから、すぐに声への応えを口にした。

「そう……たった十五歳なの、早過ぎるわよね。でも本当は、そんなに生きら
 れないだろうって思ってたのよ。半年か、長くても一年くらいしかってね。
 病院では、誰もがそう思っていたわ。それがね、結局、四年近くにもなった
 のよ。それもすべては、きっと彼のお陰なんだと思うの……」

 そう言って、

 口の動きだけで「おしまい」と言い、
 
 久子はテーブルにあったアルバムを静かに閉じた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み