第10章 十月十九日(土) -  5(6)

文字数 854文字

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「それがね、ホント笑っちゃうんだけど、その学生服ってのが、本田くんだっ
 たってわけなのよ」

 列に数メートルまで近付いて、由子は慌てて背を向けた。
 
 幸一の横顔が、いきなり由子の方を向きかけたからだ。
 
 そして幸いその時は、幸一に由子だとは悟られずに済んだ。

 ところがそれからずっとずっと、幸一と話せないまま時が過ぎ去る。

「それだけならね、学年が違ったって歳は一緒なんだから、普通に声を掛けれ
 ばよかったんだけど……」

 ――ねえ、わたしのこと覚えてる? 

 ――この一年間、あなたいったい何してた?
 
 そんな他愛もないひと言で、

 高校生活が違ったものになっていたかもしれない。
 
 ところがそれから一週間くらいして、

 由子はほんの偶然、恐ろしい言葉を耳にするのだ。

 全校朝礼か何かで、全学年の生徒が体育館に集まった時だった。

 ――おまえ、付き合ってるやつとかいるの? 

 確か、そんな感じの声が聞こえて、由子は斜め後ろに目を向けた。

 すると一列後ろに幸一がいる。

 慌てて向き直った由子の耳に、それからすぐに答えであろう声が届いた。

「ん? いるよ。中学からずっとね」

「名前は? 名前は何ちゃん?」

「直美って言うんだ。しかしおたくがそれを聞いてどうすんだよ。まあとにか
 くさ、俺はコンパには行かないよ……多分、これからもずっとだから……」

 それはあまりに何気なく、どうってことのない口調だった。

 ――直美? なんで、あの子が彼と? 
 
 もちろん別の直美かもしれないのだ。

 ただどっちしても、由子にとっては同じことだ。

 ――彼女、いるんだ……。

 そんな現実を胸に抱えて、由子はその後、けっこう荒れた。

「それからはね、わたしガンガン遊んじゃったわよ」

 そんなふうに言いながら、由子の顔は笑ってなどいない。

「そうか、死んだなんて、知らないものね……」

 美津子がポツリとそう言って、フーッと大きくため息を吐いた。

 それからゆっくり由子の顔に目を向けて、

 少し語気を強めて聞いたのだった。
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