第4章 本田幸一  -   3(4)

文字数 1,348文字

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「見たことあるんだ駅で……あれってきっと中学の頃だ。でもその時声掛けれ
 なかった。だってあいつ、すごく悪そうでさ、目付きだってなんだって、ま
 るで別人だったから」

 しかし十年前に再会した頃には、

 そんな印象など微塵もない。

「やっぱり……道理で、どこかで見たことあると思ったわ」
 思わず、声になっていた。

 そんな美津子の声に、みんなの視線が一気に集まる。

「実は、わたし見たのよ。リーゼントしている頃の、中学生だった彼の写
 真……」
 
 脳裏に浮かんだ写真には、しっかりリーゼントの彼が写っている。

 きっと顔だけ見ていれば、すぐにわかったに違いない。

 しかしそうなる前に久子の言葉に気を取られ、

 それからすぐに衝撃の事実が語られた。 

 矢野直美を支えていた少年こそが、本田幸一だったのだ。

 そしてそんな気付きは、あの日の感情までを蘇らせる。

 美津子は心の動揺を押し殺し、

 直美に起きていた過去の事実だけを四人に向けて話していった。

 そうして大凡を話し終った時、

 皆、それぞれ驚きの顔は見せていた。
 
 しかし神妙な表情をしながらも、

 それほどショックを受けているようには見えなかった。
 
 ただ唯一、幸喜だけは違っている。

 美津子の話に驚きを隠さず、ずっと辛そうな顔でいた。

 そして美津子の話が終わってすぐに、

 誰に言うでもなくポツリポツリと話し始める。

「でもあいつ、これまでずっと……そんなこと、一度だって言わなかった」

 ――だけど俺はあの時、あいつに言おうとしてたんだ……。

「そう、何も言わなかったけど、確かに、昨日のあいつはおかしかった」

 ――由子から聞いた過去の話を、俺があいつに話そうとしたら……。 

「いきなり怒り出して、それで、急に店を出て行っちゃうし……」

 ――そんなのはきっと、矢野とのことのせい、なんだ……。 

 それなのに、電話で幸喜に伝えてきたのだ。

「すまない。例の頼まれていた件、やっぱりダメだったよ」と……。

 矢野直美のことを訊いて欲しい。

 そんなことへの答えすべてを、

 あいつは何から何まで知っていた。知っていて……だ。

 ――俺たちに、嘘を吐いたということなのか?

「いったい、どうして?」

「きっと、何かあるのよ。言いたくない、彼なりの理由がね……」

 独り言のように続いた呟きに、由子が静かにそう言った。

 それから他のメンバーに顔を向け、

 由子は少し明るい声で告げるのだ。

「彼、酔っ払って言ってたんだ。お兄さんのような子供たちを、一人でも多く
 救いたいって。だからね、きっと彼にはこれまで、恋愛なんかしてる暇がな
 かったのよ」
 
 ――彼なら、そんなこともあるのかも知れない……。 

 美津子はそんなふうに感じて、その上でさらに強く思うのだった。

 ――彼が目を覚ましたら……

 ――絶対に、知ってることぜんぶ教えてもらうんだ! 

 あの日、直美の身に何が起きていたのか……? 

 それを知るためならば、

 土下座でもなんでもするつもりになっていた。
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