第7章 変化 -  1(2)

文字数 1,556文字

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「俺、受験する高校決めたんだ! なあ、どこだと思う?」

 さっきまで一緒だった幸一が、

 病室に入るなり明るい声でそう言ったのだ。

 しかしそう問われても、中学にも通っていない彼女にわかるはずもない。

 だから直美は笑顔のまま首を振り、

 幸一はそんな彼女に声高らかに宣言した。

「偏差値七十越えだぜ! こりゃ相当がんばらないと、俺じゃ、絶対に入れな
 いね」
 
 自慢げにそう訴える幸一に、直美は不思議そうな顔で言って返した。

「急にどうして? こうちゃん、ちょっと前まで、高校なんて、どこだってい
 いって言ってたじゃないの?」

「まあな、でもさ、人間ってのは変わるからね。いろいろな経験ってのが、人
 をどんどん成長させるんだよ。まあさ、俺もね、ここのところ少しばかり、
 考たってわけなんだな」

 嬉しそうに話してくる幸一へ、

 直美はその真意をしつこいくらいに尋ねるのだ。

 ところがなかなか教えてくれない。

「じゃあ偏差値、今はどのくらいなの? 幸一くんって?」

「五十……かな? 五十にちょっと、欠ける感じ?」

「うそ……それじゃあ二十以上差があるじゃない? それってごめん、正直言
 って、絶対無謀じゃないの?」

 元々直美は、再発するまでは中学受験を考えていた。

 だから中学、高校という違いはあれど、

 それなりにその無謀さは理解できた。

 さらに彼は、そんな偏差値の高校だけを受験して、

 他を一切受験しないと宣言する。

「絶対に無理だよ。もう一年しかないんだよ。受けるのはいいけど、他の高校
 も受けないと、絶対にダメだって」

「それじゃあ意味がないんだ、一本に絞って受けるからこそ、俺にとって、意
 味のあるものになるんだからさ」

 ――そうでないと、きっとまた同じことになる。 

 退路を絶って追い込まないと、自分は甘えてしまうに違いない。

 さらにこうやって宣言することで、逃げ道を塞いでしまおうと考えた。

 そしてもちろん、そうする理由はちゃんとある。

 しかしそれを伝えてしまえば、頑張る意欲が薄れる気がした。

 だから最初は、絶対に内緒のつもりだったのだ。

 ところがすぐに、そうも言っていられなくなる。

「幸一くん、わたし、幸一くんの言ってること、ぜんぜんわからないか
 ら……」

 そんな言葉を最後に、直美はとうとう幸一と反対方向を向いてしまう。

 そうなってからは、何を言っても反応さえしてくれない。

 幸一は一瞬、このまま帰ってしまおうかとも考えた。

 しかしそうしてしまえば、

 直美はきっとふさぎ込んだまま、こんな病室でたった一人過ごすのだ。

 ――そんなの、かえって逆効果じゃないか……。

 そもそも、直美のために考えたことだ。

 それで悲しませてしまっては、自分勝手な思い付きと変わらない。

 困った幸一は仕方なく、背を向けたままの直美にその真意を告げた。

 どうして、そんな高校に入りたいのか? 

 幸一にとって、それはどんな意味を含んでいるか? 

 そんな事実を聞いた途端、

 直美はいきなり振り返り、素っ頓狂な声を上げた。

「またあ! 嘘でしょ!?」

 それから黙ったままの幸一を見つめ、今度は一気に静かな声だ。

「それって、本当に本気? 幸一くん……」

「一応、本気なんだけど……ダメ、かな……?」

「ううん、そんなことない」

 ――すごく、嬉しいよ……。 

 そんな言葉が、幸一の眼前で囁かれた。

 そして次の瞬間、幸一の目は大きく開かれ、

 そのままの数秒間、これ以上ないくらいに硬直してしまう。
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