第10章 十月十九日(土) -  2(2)

文字数 1,330文字

                 2(2)


「そりゃあ、一応さ、付き合ってるだろ?」

「でも、いつも、病院とかで、二人でどこにも行ったことないし、映画とか、
 海とか山とか……こんなんで、本当に付き合ってるって言える?」

「ここだって山だし、それにさ、二人だけで来てるんだから、ちゃんとしたデ
 ートだろ?」

「たった一回じゃない!? それだって、もう二度と来れないかも知れない
 わ。そんなわたしと一緒にいて、幸一くんは楽しいのかなって……きっと、
 普通の女の子だったら、もっといろんなところに一緒に行けて、お弁当だっ
 て、彼女にちゃんと作ってもらえる。その方が絶対、楽しいに決まってる
 し……」

 そこで直美は辛そうな顔して、幸喜の顔から視線を外し、うつむいた。

「わかってるんだ、ずっと前からわかってる。こんなこと、こんなこと初めっ
 から、わかりきってることなのに……」

「もういいよ、もうやめよう、せっかく来たんだからさ、もう、そんな話、や
 めようよ……」

 ――なあ、泣かないでくれよ。

 そう言いかけた時、直美がやっと顔を上げた。

 瞳は大きく開かれ、その唇は細かな震えとともにある。
 
 そんな直美が、

「もし……」

 と、ポツリ言って、瞳を一瞬閉じたのだ。

 するとどこに留まっていたか、という印象で、

 一気に涙がしたたり落ちる。 

 そんな濡れた目で幸一を見つめ、直美は震える声を上げた。

「わたしが死んだら、きっと幸一くん、いずれ、誰かを好きになるでし
 ょ?  そうしていつか、付き合っちゃうよね?」

 ――付き合わないよ。
 
 喉元まで出掛かっていた。

 ――それに直美が死ぬなんて、まだまだずっと先じゃないか!? 

 ここまでは、声となる寸前だったのだ。

 しかし、それらは声にはならず、あっという間に「驚き」に代わった。

 直美の掌が、いきなり口を塞いだのだ。

 と同時に、

「お願い、聞いて」

 震える声が耳に届いた。

「わたしはね、そんなのイヤなの。幸一くんが、他の女の子と付き合うなん
 て、そんなこと想像するだけで、心臓が止まってしまいそうになるの」

 そこで一旦言葉を止めて、幸一の顔から視線を外した。
 
 それから正面にいるカップルを見つめ、さらにか細い声で言ったのだった。

「でも、幸一くんがいなかったら、わたしはここに来れてない。きっと今頃、
 病院のベッドで一人ぼっちだったわ。だから、だからね、本当はイヤだけ
 ど……イヤなんだけど、幸一くんはわたしに、たくさんプレゼントをくれた
 から、わたしも一つだけ、幸一くんに上げる。幸一くんが、付き合ってもい
 い人をね、わたしが許してあげる条件を、一つだけ教えてあげるから……い
 い、幸一くん、幸一くんはね……」

 そこで再び言葉を止めて、視線を一気に幸一へ向ける。
 
 そうして彼の目だけを見つめ、少しだけ弾んだ声で直美は言った。

「サンタさんとなら、付き合っていいわ。その人が本当に、幸一くんにとって
 のサンタクロースだったら、本当はイヤだけど、結婚するのだって許してあ
 げる。けど、格好だけサンタなんて、そんなのはダメ。わたし、天国からず
 っと見てるから……幸一くんが、幸せのサンタクロースに出会うまで、ずっ
 とずっと、見ててあげるから……」
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