第10章 十月十九日(土) -  2(7)

文字数 1,005文字

                 2(7)


 二十年前までの数年間、 
 
 確かに村上久子は、幸一らとの距離は近かった。

 しかしそれは婦長という立場が前提で、

 実際彼女は、直美の告別式にも出ていない。

 そして直美の死後ずっと、幸一ついても何ら知らないままだった。

 ところが突然、予想もしていなかった電話が入る。

 そして「本田幸一」と名乗られても、久子は彼を思い出せない。

 矢野直美の名が出てやっと、

 若かりし頃の幸一を思い浮かべることができたのだ。

「彼はね、あなたがうちに来ることを知って、わたしに電話を掛けてきたの
 よ。直美ちゃんとのことを知られたくないからって、そのことを絶対に、あ
 なたには言わないで欲しいって言ってきてね」

 どうして、電話してまで隠そうとしたか? 
 
 それについては謎だったが、ただ単に、過去の辛い思い出に、

 触れて欲しくなかっただけかもしれない……。

「でも、わたしうっかり見せちゃったでしょ? 彼と直美ちゃんが写っている
 写真。だからいろいろと考えて、やっぱりそのことも伝えておこうと思った
 の。で、彼の携帯に電話したんだけど、なかなか出てくれなくて、それで折
 り返し掛かってきたと思ったら、事故現場に居合わせた人からだったのよ」

 そしてその直後、警察からも電話が入り、

 彼女は慌てて美津子の会社に電話した。

 さらに入院した病院にも駆け付けて、

 幸一が独身だとそこで初めて知ったのだった。

「初めはね、奥さんに知られたくないからだって、わたし思ってたわ。だって
 ほら、彼、いい男じゃない? それにお医者さんだっていうんだから、独身
 のはずないって思ってたの。それに、もし結婚してないのなら、内緒にした
 いなんて思わないだろうしね……」

 そうして病院で由子を見掛け、

 幸一の連れ合いだと勘違いして声を掛けた。

「そしたら違いますって、本当に独身なんですっておっしゃるの。それでね、
 それからずっと気になっちゃって、だから、こんな時間に電話しちゃって、
 ごめんなさいね」

 退院祝いをした夜のことだ。
 
 ワインで酔い潰れた幸喜の隣で、

 美津子は受話器を手に久子の声を聞いていた。

「彼女がなぜ急に、そんな話を切り出したのかは、わかりません。本気でそう
 思っていたのか、単なる、思い付きだったか……でもね、それを聞いた彼
 は、本当に嬉しそうに話していましたよ。二人で、高尾山に登った、次の日
 に…… 」
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