第9章 もう一つの視点 -  4(5)

文字数 966文字

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「直美! がんばれ! 明日だ! 明日になれば、幸一くんがきてくれる
 ぞ!」

 完全に意識を失った直美へ、稔は一晩中そんなことばかり声にした。
 
 そしてその翌朝、
 幸一が出掛けた時刻を見計らって、彼の自宅へ電話を入れる。

 電話口に出た母親へ、病院で、直美が待っているからと、

 伝えて欲しいとだけ告げたのだ。
 
 もちろん何事なんだと返ってくるが、

 彼はサラッとこう言って、受話器を下ろしてしまうのだった。

「彼が帰ってきたら、できるだけ急ぐように伝えてください。時間はもう、あ
 まり残っていないようなので……」


                *


「そんな時、ほんの少しの間だけ、直美は目を覚ましたんです。あの娘、息も
 絶え絶えで何を言うのかと思ったら、それが、吉田さんっていう友達のこと
 で……」

 幸一へのものでも、両親への言葉でもなく、

 それは吉田美津子への言葉だった。

 そしてそれを声にした後、直美は二度と目を覚まさない。

「これに、どんな意味があるのか、わたしにはぜんぜんわかりません。それで
 もやっぱり、吉田さんを探してちゃんと伝えるべきなのかって、一時はけっ
 こう悩んだんですよ」

 やっと......そんな伝言について考えられるようになった頃、

 直美の死から一年近くが経っている。

 さらにその頃、稔の仕事の都合で国内にはいなかったのだ。

 訪ねて来たら……伝えて欲しい。

 なのに二十年が経過しても、吉田という女性はやってはこない。

「だから、とにかく待つことにしたんです。直美が言っていたように、訪ねて
 いらっしゃったらお伝えしようって……だからこれからも、その人をここで
 ずっと待ち続けるつもりです」

 それが忘れずにいることにも繋がると、順子は寂しそうに笑うのだ。

「あの子は、自分がもうすぐ死ぬと知っていて、吉田さんだけ、伝言を言い残
 した。これはいったい、どういうことなんでしょう? 我が娘が人生の最期
 の最期で、言い残した言葉の意味がわからない。これは親として、けっこう
 辛いものがあるんですよ」

 直美が最期に口にした伝言。

 母親である順子に理解不能でも、
 
 美津子には一瞬にしてその意味が理解できた。

 ― ドッジボールじゃない、朝からだから ―

「そう言って直美は、そのまま目を閉じました」
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