第9章 もう一つの視点 -  4(3)

文字数 878文字

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「わたし、直美さんと、最後の最後だけ友達だったんです。夏休み前の一週間
 だけ……。それから一度だけ、鎌倉にも、一緒に行きましたけど……」

 ――だけど、わたしはそれまで、彼女をずっとイジメてたんです……。 

 もし、順子の反応がしばらくなければ、

 そんな言葉まで口走ったかもしれない。
 
 しかし幸い、順子はすぐに言葉を発した。

「本当に、ありがとうございます」

 さらに強く、感謝の気持ちを表してから

「ごめんなさい。もうあの子のことで、泣くことなんてないと思ってましたの
 に」
 
 うつむき加減にそう言って、順子は顔を隠すようにして立ち上がった。

 そして「ちょっと待ってて下さいね」と囁き、障子の奥へと静かに消えた。

 その後、それなりの時間を要して、

 順子はお盆に煎茶と和菓子を乗せて現れる。
 
 それらをテーブルに静かに並べ、

 少し考えるようにしてからフッと小さく息を吐いた。
 
 そうしてやっと美津子を見据え、順子は静かに話し出した。

「実は、娘が最期の最期、意識を失う前に言ったんです。もし、吉田さんって
 方が訪ねてきたら伝えて欲しいって。でも、その内容がよくわからなく
 て…… とにかく、訪ねてきたら伝えるようにって、それがあの子の、最期
 の言葉、だったんです」

 吉田さんがきたら、伝えて欲しい。

 それがあの子の、最期の言葉。

 そんなひと言ひと言が、美津子の心を......滅多斬りにしていった。

 ――それって、いったいなんなのよ!?

 心の声がざわめいて、美津子の緊張は一気に高まる。

 吉田というのはわたしです! 

 わたしが、吉田美津子です! 

 もしその瞬間すぐ、美津子がそう告げていれば、

 順子はもっと単純に言葉にしていたはずだ。

 あるいは玄関での自己紹介の時に、旧姓で名乗ってさえいれば、

「これって、いったいどういう意味なのかしら?」

 ただストレートに、こう言って聞いていたに違いない。

 しかし、彼女は美津子の旧姓を知らなかった。

 だから目の前にいる向井美津子に向けて、

 伝言を耳にするまでの経緯を説明していったのだ。
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