第9章 もう一つの視点 -  1(2)

文字数 1,893文字

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 幸喜にとって直美とは、

 これまでほとんど興味を引かない対象だった。

 ところがそんな話を聞いてから、確実に気になる存在へ変わってしまい、

 それから彼は意識して、直美に話し掛ける様になる。

 そんなのはもちろん幸喜にとって、恋心とは無縁のものだ。

 死というものが、少女の身近に存在している。

 そんな彼女の生を意識して、

 その頃の自分は何を思っていたのだろうか? 

 幸一の話を聞きながら、彼は自分にそう問い掛けた。

 すると呆気ないくらいすんなりと、忘れ去っていた気持ちを思い出せる。

 彼はその時、優しい人間だと思われたい……そんな感じを思ったのだ。

 やがてそんな打算は直美へだけでなく、

 他のクラスメイトにも向けられていく。

 ――そうだ、そんな自分の姿を周りにも見せたくて……。

 ――そう、俺は彼女を、半ば無理やり校庭まで連れ出した。

 貸した本の感想を聞きたいと、そんなことを理由にして、だ。

 ――あの日、わざわざクラスの奴らのそばまで行って、それで俺は……。 

 そんな自分に酔いしれたはいいが、

 結果、彼女はその日の夕刻入院してしまうのだ。

 そうして退院してからは、

 いくら話し掛けても返事は返ってこなくなる。

「だからもし、僕がそんなのを幸喜に言ってなかったら、幸喜が彼女と親しく
 話すこともなかったろうし、美津子が、辛く当たることもなかっただろ
 う……」

 まさに、幸一の言う通りだった。

「きっと彼女も、気が付いたんだろうな、あの後、退院してからの日記には、
 幸喜のことが、一切出てこなくなっていたよ」

 幸一がポツリとそう言って……そこでいっとき口を閉ざした。

 それからゆっくり四人の顔を見回して、少しだけ軽い感じになって言う。

「で、こっからなんだけど、本当に誰も覚えていないのか? 夏休み初日、み
 んなでどこかに行ったんだろう? 僕はもちろん行ってないけど……後のみ
 んなは、ちゃんと全員一緒だったはずなんだよな。だって日記に、一人一人
 名前まで書いてあるんだから」

 そんな問い掛けに、由子が真っ先に反応を見せた。

「高尾山? 違うよね? 行ってないもんね、わたしたちはそんなとこ」

 すると由子の言葉に、ゆかりがいきなり顔を上げ、

「え! それってもしかして……?」

 それは幸一へではなく、由子を見つめての声だった。

「それって、もしかして鎌倉のことじゃない?」

「鎌倉なんて行ったかあ? 俺とか悠治も一緒だったんだろう? 悠治、鎌倉
 行ったなんて覚えてるか?」

 そう言われて、悠治は黙って上を見上げる。

 そして首を少しだけ捻って見せた。

「ほら、美津子に言われて集まったけど、向井くんが来なくて、みんなで待っ
 てたじゃない!? 確か矢野さんの家の前でよ! 思い出したわ! 鎌倉
 よ! そうそう鎌倉!」

 どうしていきなり、鎌倉なのか? 
 
 そんなこと知らないまま集まったと、ゆかりが嬉しそうに続けて言った。

 そしてこの瞬間、
 まさに由子の脳裏にも、ゆかりの言葉通りのシーンが浮かび上がった。

 ――あれって、みんなで鎌倉に行くんで集まってたんだ……。 

 そんなことを改めて思い、そこで初めて己の勘違いにも気が付いた。

 由子はその集まりを、自分が主導していたと勘違いしていた。

 かわいそうな直美のために、

 自分がみんなを集めたとばかり思っていたのだ。

 ところがゆかりが言うには美津子がみんなを集めたらしい。

 それは幸一の言う通り、夏休み初日のことだった。

 幸喜がベッドで夢心地でいる頃に、

 いきなり吉田美津子から初めて電話が掛かってくる。

「幸喜くん、今日って何か用事ある?」

 そんなことを突然告げて、みんなで鎌倉に行こうと続けて言った。

 ――みんなって誰だよ?

 そんなことを考えているうちに、美津子は住所をメモれと言って、

「じゃ、待ってるから、急いで来てね」

 そう言い終わった途端、電話を切ってしまうのだ。

 伝えられた住所へ迷いながらも到着すると、

 すでにみんなは幸喜のことを待っている。

 電話をくれた美津子をはじめ、ゆかり、由子、悠治や清水隆一に加えて、

 矢野直美の姿までがそこにはあった。

「その日のことはね、ホントに詳しく書いてあるんだ。確か書き出しは……こ
 んな感じだったと思う……」

 そう言った後目を閉じ、幸一は軽い深呼吸を一回した。
 
 それから小さく咳払いをして、

 朗読でもするかのように静かな声で話していった。

「もともとは、幸喜はメンバーに入ってなかった。仕方ないなと思いながら
 も、残念だと感じる気持ちは小さくない……だけど、当日の朝になっ
 て……」
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