第9章 もう一つの視点 -  1(4)

文字数 1,276文字

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 その日、ゆかりはウサギに餌をやり、

 津子を待つために下駄箱の前に立っていた。

 ゆかりに少し遅れて、美津子も日直の役目をようやく終える。

 そしていよいよ帰ろうとした時に、直美からの声が掛かるのだった。

 だいたいにして、餌やりはあっという間に終わってしまう。

 ところが日直の方はなんだかんだと時間が掛かるから、

 手伝ってあげよう、きっとその方が早く終わると、

 ゆかりは教室へ向かったのだ。

「でね、驚いて、声を掛けれなくなっちゃったの……」

「そう、いたよね、あの時ゆかり、ドアからちょこっと顔だけ出して、すぐに
 引っ込めちゃったけど、わたしはすぐにわかったわ」

「それでもね、結局は一緒に帰るんだけど、わたしすごく気になっちゃっ
 て……トイレに行くって、美津子に下駄箱で待っててもらったの。でも、そ
 の時、実はトイレじゃなくて、わたし教室に戻ったんだ。もう矢野さんはい
 なかったけど、あの本だけは、床に落ちたままだった」

「じゃあその本、ゆかりが今も、持ってるの?」

「違うって、だから言ったじゃない? 持ってるのは美津子だよ。捨ててなけ
 れば、なんだけどね」

 ゆかりはその帰り道、教室に戻っていたとは伝えられない。

 ところが帰宅後、持ち帰った本を開き見て、
 
 自分が持っているべきではないと子供心にも悟るのだ。

『これがわたしの病気です』

 そんなしおりを見つけてすぐに、

 一際大きく書かれたその病名が目に飛び込んだ。

 病名自体はなんのことだかわからなかったが、その下にあった、

 先天性心疾患――というところはなんとなくだが理解できる。

 さらにそんな病気が、

 けっして軽いものではないのだろうと、感じることはできたのだった。

「だからわたし、自転車で美津子の家に持っていったの。怒られるなあって、
 すごく怖かったけど、でも、その時美津子、何も言わなくて……ただ、あり
 がとうって、言ったのよ」

「じゃあわたし、その本見てるのね? でも、不思議なくらいぜんぜん覚えて
 ないわ。ということは、今は実家に置いてあるのかしら?」

「今も持っているかどうかはわからないけど、少なくとも放課後の一件以降、
 彼女の病気が重い心臓病だってことくらいは、あなただって理解していたと
 思うよ。だって次の日からの一週間、きみは彼女に、謝罪し続けているんだ
 から」

 突然会話に割って入り、幸一が真面目な顔してそんなことを言った。

 そして〝謝罪〟という響きによってだろうが、

 一同の視線が一様に、なんらかの動きをしっかり見せる。

「謝罪ってのは、ちょっと言い過ぎだな、そう、ある種、罪滅ぼしかな? 罪
 滅ぼしをしてたって、そんな感じだったのかも知れない……」

 そこで少しだけ口角を上げて、

 幸一は再び美津子に向かって聞いたのだった。

「ねえ、本当に覚えてないの? 次の日にさ、あなた、手紙を回したんだ
 ろ?」

『矢野さんへ、突然ごめんなさい』  

 手紙は小さく折り畳まれて、そんな文面で始まっていた。
 
 そして家に帰った後、直美の家を訪ねていいかと書かれていた。
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