第4章 本田幸一  -   3

文字数 1,394文字

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 そこは幸い地元から、それほど離れていなかった。

 車なら三十分足らずで行ける、いわゆる救急指定の病院だ。

 それゆえ連絡した全員が夜七時には顔を揃える。

 ただ由子に電話する時だけ、美津子はほんの少しの躊躇を覚えた。

 村上久子から聞かされた直美の話を、

 由子には伝えていなかったからだ。

 誰から連絡があったの? 

 もしそう聞かれたらどうしよう? 
 
 そんなことが頭の片隅を過ぎったが、

 由子は幸い、そんなことなど聞いてはこない。

 ――わかった、多摩川病院だね、わたしは今すぐ行けるから。 

 そう返した通りに、由子は誰より先に到着していた。

「全身麻酔から覚める時、わたしちょっとだけ、彼と話したわ」

 ――やあ、久し振りだね。  

 由子を見るなりそう言ってきたと、第一声で美津子に告げた。

「……まあきっと、混乱してたんでしょうね、だってね、昨日会ったばかりな
 のよ。それを久しぶりだなんてさ、彼、昨日の夕方、いきなり電話してきた
 の、珍しく飲もうなんて言うもんだから、昨日は昨日で、驚いちゃったけど
 ね……」

 そう言って笑う由子は、美津子の到着する二時間も前、

 術後、そう経たない幸一と会えていたらしいのだ。

 玄関口を抜けて院内に入ると、由子が待合から手を振ってきた。

 驚くくらいににこやかな由子へ、美津子はすぐさま聞いたのだった。

「それで、どうなの?」

「今は眠ってるわ。点滴に薬が入ってるらしくてね、明日までこのまま起きま
 せんよって言われちゃった。だからとりあえず、みんなが来るまで待ってよ
 うと思ったんだけど、なかなか誰も来ないから、ちょっとだけ心配になって
 たところよ」

 そう言って笑う由子は、
 その後すぐに幸一の病室へ連れていってくれた。

 それからさらに一時間ほどした頃、残りの三人も顔を揃え、

 そうしてさっそく、誰に連絡すべきかという話になった。

「だいたいあいつの親戚って、近くにいるのかな?」

「わたしが来た時にね、知らないおばあちゃんが一人いたのよ。手術が終わっ
 た時に、その人もお医者さんに呼ばれてたから、わたしはてっきり親戚の人
 かと思ったんだ……でも結局、ぜんぜん違ったみたい」

 その人は由子へ、幸一についての質問を二つ三つ投げ掛けてから、

 それではお先に失礼します……お大事に――それだけ言うと、

 そのまま姿を消し去っていた。

 そう聞いて、それが村上久子だと美津子はすぐに確信する。

「とにかく俺、明日一番で病院に電話してみるよ。そうすりゃさ、いざという
 時の連絡先くらい、看護師か誰かが知ってるだろう?」

 誰に言うでもなく、幸喜が再びそう声にした。

「それでもし、そんなのがいないとすればさ、俺たちが手分けしてやってや
 しかないよな、いろいろとさ……」

「もしそうだったら、わたしが大方引き受けるけどね。なんたってわたし、時
 間だけは有り余ってるから。それでどうする? いつまでもここに居たって
 仕方がないじゃない?」

 薄暗い病院の待合室に、そんな幸喜と由子の声だけが響き渡った。

 すでに夜の八時近くになっている。

 となれば、そろそろ面会時間だって終了だ。
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