エピローグ その行方(3)

文字数 1,218文字

            3  順子


 そんな顔に、これでもかというくらいファンデーションを塗りたくった。

 白髪染めがあればよかったが、なかったのだから仕方がない。

 その代わり髪を巻き上げ、大きめの帽子ですっぽり隠した。

 それでも痩せてしまったお陰で、

 大昔に着ていた洋服だってなんなく入る。 

 これでサングラスでもあれば、誰も順子だと思うまい。

 そうして案の定、ホテルのラウンジから難なく庭園へ忍び込めた。

 それからホッとひと息ついて、人気のないベンチに腰を下ろす。

 するといつものように、いつもの声が脳裏にしっかり響き渡った。

「あれは直美さんの嘘です。午前中はぜんぜん元気でした」

 ――わたしにはわかります。だって、一番の仲良しだったんですから……。

「でも、あの子は、わざわざ死に際に……」

 ――ドッジボールじゃない。朝からだから。

 ボールが当たったことは……発作とは関係ない。

 発作は朝からだったから……。

「それが、直美さんの優しさなんです。でも、あの発作は絶対に、吉田さん、
 いえ、向井さんが、ワザとボールをぶつけたせいです!」

 発作の再発は向井美津子のせいと、昨日の女は言い張った。

 さんざん直美を苦しめ、ずっと意地悪し続けていた。
 
 そんな話を順子へとことん吹き込んだのだ。

 終いには、放課後にあった出来事を、
 
 美津子が言い放った言葉をそのまま順子に向けていた。

「明日、あの頃の同級生が、このホテルにみんなで集まるんですよ」

 帰り際、ホテルの名刺を順子に差し出し、

 女は笑みを浮かべて帰っていった。

 そうして一人になって、頭で何度も何度も繰り返すのだ。

 「安心して死んでちょうだい」

 ――いいわ、いいわよ、いくらでも死んであげる……。

 「安心して死んでちょうだい」

 ――死んであげるわ、でもね、わたし一人では行かないわ……。

 どうせ、もう誰もいない。

 夫も一年前に他界して、正真正銘一人ぼっちだ。

 ――だからいいわ、わたしも一緒に、死んであげる……。

 このままでは終わらせない。

 そんな気持ちに突き動かされて、

 その翌日、庭園の隅っこに順子は立った。 

 バックから一枚の写真を取り出して、天を仰いでソッと呟く。

 ――他には誰を、連れてきて欲しい? ねえ、直美……。 

 それは昔、鎌倉に行った時に撮られたものだ。

 その中の二つの顔、

 美津子と幸喜の若かりし頃に、

 まあるく印が付けられていた。

 本田幸一は二年前にも会っている。

 それ以前にその格好ですぐに判別が付いた。

 ――ずいぶんと、お幸せそうね……。 
 
 今この瞬間、三人ともが順子の視界に収まっている。

 ――出たとこ、勝負ね! 

 そう思ってやっと、順子の顔に笑顔が戻った。

 もうそろそろ、披露パーティーが始まる時間だ。

 ――直美……。もうすぐだからね……。 

 そんな思念を最後に、

 手にしていた写真を天高く放り投げた。
 
                         了
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