第4章 本田幸一  -   3(2)

文字数 1,449文字

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「とにかく、どこか店に入らないか? 俺、腹減っちゃってさ」

 そんな悠治の提案で、五人は病院近くにあった小料理屋に立ち寄る。

「でもまあ、命に関わる事故じゃなくて、本当によかったよな……」

 美津子とゆかりはメニューと格闘中で、

 そんなのを横目に悠治がボソっとそう言った。

「でもさっき、警察の人が言ってたじゃない? あれってどういう意味な
 の? もしかして、まさか自殺だったってことかしら? 」

「そんなことないって、ノーブレーキだったからって、自殺だなんて限らん
 さ。例えば、ラジオのチャンネル変えようとして、たまたま前を見てなかっ
 たとかさ、いろいろとあるだろ? こんな事故の理由なんて……」

 悠治の言葉に由子が続き、それを否定したのは幸喜の声だ。

 由子は警察の説明を少し聞いていて、

 その内容すべてを皆にも話し聞かせていた。

 幸一の車は、見事ノーブレーキで壁に向かって突っ込んだ。

 だからシートベルトをしていなければ、間違いなく命はなかったし、

 たとえ命が助かったとしても、きっと今頃重篤な状態だったろう。

 身体からアルコールは検出されず、普通のよそ見運転や居眠りとするには、

 あまりに猛スピードが出ていたらしい。

 思いっきりアクセルを踏み続け、一切の躊躇なく事故に至った。
 
 まさにそんな現場であったらしく、

 だから後続車の運転手は絶対に助からないと思っていたらしい。

「でも、もし真正面だったら……きっと命はなかったんだろうな……」

 パーキングへ進む道と、

 本線との間にある分離帯右側面に擦るようにしてぶつかった。

 おかげで前面左側は潰れたが、

 運転席はそこそこ原型をとどめていたらしい。

「で、ぶつかった後ブレーキ踏んでるんだ、だからきっと……自殺じゃない
 よ」

 再び悠治がボソッと言うと、いきなり美津子が顔を上げた。

「当たり前じゃない! そんなことありえないわよ!」

 それだけ言って、すぐにメニューの方へ顔を戻した。

 それからは、久し振りに近況を伝え合ったり、

 それなりに和やかな時間が過ぎていく。

 そしてふと訪れた静寂の合間を縫うように、

 由子が突然言い出したのだ。

「わたしね、昨日彼と、二人で呑んだのよ、それもけっこうトコトンね……」
 それから四人それぞれに顔を向け、打って変って静かな声で話を続けた。

「前回の同期会、わたしたち幹事だったでしょ? だからこれまでも、二人だ
 けでってこともあったのよ、でもね、昨日のはちょっと、今までとは違った
 んだ……」

 電話が掛かってきたのが、夕方の六時頃。

 それはやっぱり店を飛び出した頃で、

 きっと出てすぐ由子へ連絡したのだろう。

 幸喜と悠治は顔を見合わせ、無言のうちにそんな事実を意識しあった。

「とにかく彼って、普段は自分のこと話さないじゃない? そんなんで最近、
 同性愛だのなんだのって言われてるけど、ホントはさ、そんなんじゃぜんぜ
 んないのよね」

 ずっと独身で、ここ十年浮いた噂ひとつない。

 そんなことからここのところ、

 病院ナースの間でその手の噂が絶えなかった。

「だいたいさ、わたしたちはこれまで、彼のこと知らな過ぎたって感じだよ
 ね」

 由子はそう言って、

 幸一から聞いた話を四人に向かって話し始める。
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