第11章 2017鎌倉 -  1  1995年 直美の日記(3)

文字数 665文字

1  1995年 直美の日記(3)


そうして再び二人になって、いっとき、静かな時間が訪れる。

 そうなって......由子はやっと、

 幸一の様子がおかしいことに気付くのだ。

 見ればさっきまでの笑顔が嘘のように、厳しい顔付きに変わっている。

 そう言えば、去り際の幸喜の声にもなんの反応も見せなかった。

「どうかした?」

 ただなんとなく、そんな感じで言ってみる。

「いや、なんでもないよ」

 そう答えながらも、幸一は視線を動かそうとしなかった。

「なんでもないって、顔してないし……」

 そう続けて笑い掛けたが、こっちを見てないから笑ったって意味がない。

 彼はこの瞬間も、何かを必死に見つめている。

 だから、「誰か、いるの?」とだけ聞いたのだ。

 するとやっぱり視線は変えずに、

「いや、ちょっと見覚えがあるなって思ったんだけど、やっぱり、勘違いだっ
 たらしい」
 
 そう言ってから、幸一はやっと由子の方へ顔を向けた。

 ところが心の内っ側では、
 
 ――どうして……? 
 
 そんな言葉が浮かび上がって消え去らない。

 それは紛れもなく、あの夜見たものとおんなじだった。
 
 薄れゆく記憶の中で、今でも鮮明に残っているもの。

 それがたった今、

 あの夜と同様、彼のことを悲しい目をして見つめていた。

 直美……? 

 と、心でそう呟いた瞬間、

 その姿はフッと消え去り見えなくなった。

 まさしく制服姿の直美だったように思う。

 制服は水浸し。

 豪雨の中から抜け出たように……彼女がそこに、立っていた。
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