第2章 埋もれていた記憶 - 4(4)

文字数 1,545文字

             4(4)


 直美の写真には、何人かのナースと若い久子の姿がある。

 そして久子の反対側には、直美に寄り添うように写る一人の少年がいた。

 高校生になっているかどうかくらいの年頃で、

 今では珍しいリーゼントヘアーを決め込んでいる。

 そんな若々しい不良少年が、

 きっと直美にとっての大事な存在だったのだろう。

 そう思わせる印象を充分に湛え、写真の中央にはそんな二人の姿があった。

 ――矢野直美は、十五歳でこの世を去っていた……。

 さっき耳にしたそんな話は、本当にあったことなのか? 

 直美違いで、実は別人だったってことにならないか? 

 帰宅後ソファに座ってそんなことを考えているうちに、

 美津子は知らぬ間に眠りに落ちた。

 そしてちょうど同じ頃、村上邸でも久子がソファに腰掛けている。

 つい二日前にあった電話のことを、彼女は一人静かに思い出していた。

 二十年近く会っていない人物からの、それはあまりに突然過ぎる電話。

 さらに今、久子はそんな人物へ、電話をすべきかどうか迷っていた。

「大丈夫、多分こっちから電話なんてしないわよ。でも一応、念のためにね」

 そんな言葉でやっと、その人物から携帯番号を聞き出せたのだ。

 ――でも、「たぶん」っていうのは、「ぜったい」とは違うんだから。

 彼もそう思ってくれるかどうか……そんな迷いを引きずったまま、

 とにかく掛けてみようと久子は決めた。

 しかし相手がなかなか出ない。

 やがて呼び出し音が留守電に変わり、

 久子は受話器に向かって名前を告げた。

 そしてまた明日にでも、と言いかけたところでいきなり声が響くのだ。

 きっと久子の名を聞いて、慌てて携帯を手にしたのだろう。

 彼の声には落ち着きがなく、息さえ弾んでいるようだった。

 ――何か、あったんですか?

 そう言って息をひそめる相手に、

 久子は美津子という女性から電話があったこと、

 そして今日、家まで訪ねて来たことなどを説明していった。

「それでね、ひさしぶりに思い出したものだから、わたし、少し喋り過ぎちゃ
 ったみたいなの。もちろん、あなたのことは言ってないのよ。ただ、昔の写
 真をお見せして、彼女のことをほんの少し、お話ししたってだけだから。と
 にかく、知らないお話もたくさん聞けて、本当に懐かしい時間だったの。で
 もね、どうしてお話してはいけなかったの? 本当のことをお話した方が、
 絶対に喜んでくれたと思うのに……」

 すると相手がそこで、何事かを強く言ってきたようだった。

 久子はしばらく黙っていたが、急に残念そうな顔をして、

「そうなの……どうせもう、お会いすることはないでしょうからね。あなたが
 そうおっしゃるなら、それはそれでいいのだけれど……」
 
 そう告げた後、思い出したように明るい声で話し出した。

「そういえばね、一年くらい前だったかしら、突然、ご両親がお見えになった
 のよ。その時にね、当然だけどあなたの話にもなってね、お二人とも、あな
 たに心から謝りたいとおっしゃって、残念そうにして帰られたわ」

 その時に、彼の所在を尋ねられたのだ。

 しかし二日前に電話をもらうまで、

 実際彼が、生きているかさえ知らなかった。

「とにかく、一度遊びにいらっしゃいよ。そんな遠くにいるわけじゃないんで
 しょ……」

 そんな久子の声を最後に、二人は別れの言葉を言い合った。

 そうして受話器を置いてから、久子は心に強く思うのだった。

 ――わたしがしたことは、間違いじゃなかったわよね、そうでしょ……? 
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