第9章 もう一つの視点 -  4(7)

文字数 698文字

                 4(7)


「許せない……」

 女は直美の死を知って、何度もそう呟いて......号泣する。

 そして、順子が引っ張り出した写真を前に、美津子の顔を指差し言った。

「これが、吉田美津子さんです」

 鎌倉の駅前で、通行人に撮ってもらった小学校時代の記念写真。

 そんな写真の中央で、

 みんなと一緒に美津子と直美が肩を並べて写っていた。

「ドッジボールのことだけじゃない。彼女は、この吉田さんという人は、ずっ
 と直美さんに、つらく当たっていたんですから」

 そう言って、昔話を順子に話していったのだった。

 その日から、若い美津子の顔を順子は忘れたことがない。
 
 いつ現れるか知れない彼女の顔は、ずっと脳裏に留めたままだ。

 差し出されたお茶をひと口啜って、
 
 美津子が順子の顔を見つめた時だ。

「やっぱり、あなただったのね」

 ホッとしたような、それでいて少し問い詰めるような、

 そんな感じの声が響いた。

 否定も肯定もできないでいる美津子に向けて、順子はさらに言葉を続ける。

「でも、もういいの。今のあなたを見て、やっと、心からそう言える気持ちに
 なったわ。それに直美も、あなたのせいじゃないって、ちゃんとわたしに言
 ったんだから……」

 それからも、順子は美津子へ語り続けていたようだった。

 しかし美津子の耳にはそれ以降、己の声しか聞こえていない。

 ――やっぱり、あなただった……。 

 そんな順子の言葉だけが、脳裏で何度も繰り返された。

 それからどのくらいが経ったのか、

 美津子がふと気が付くと、一人鎌倉駅前に立っている。

 そして彼女の目の前には、

 あの記念写真とおんなじ風景が広がっていた。
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