第7章 変化 -  3

文字数 1,468文字

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 年が明け、ふた月もした頃だ。

 直美が再び、群馬に行きたいと言い出したのだ。

 それまで、医者の言いなりだった両親も、

 高尾山での一件以来、直美の望みを聞き入れ、奮闘するようになっていた。

「本当はもう、そんな状態ではないのですが……」

 暗に反対する医師たちに、順子でさえも必死になって食い下がった。

 そうして群馬へ移った直美の元へ、幸一も週に一度は必ず通った。

 さらに退院した後しばらくは、続いていた発作さえ起こらなくなる。

 それでも月一の検査は絶対で、そのために本来の家に彼女は帰った。

 そんな日の、暑い夏の日のことだった。

 幸一は直美を車椅子に乗せて、初めて自分の家へ連れていく。

 車椅子姿の直美を目にして、秀美は最初、ずいぶん驚いていた。

 それでもすぐに、ゆっくりではあったが自分の足でリビングまで歩き、
 
 嬉しそうに笑う直美に、明るい顔を見せるようになった。

 そして、その日の夜のことだ。

「まだやってるのか? 幸一のやつ」

 医師会の会合で酒を呑み、すでに午前一時を回っている。

 そんな時刻に、
 ふと見上げた我が家の二階に煌々と明かりが点いていた。

「あいつ毎朝、早く起きて走ってるんだろう? それでこんな時間までっての
 は、ちょっとやり過ぎじゃないかな……」
 
 不安そうに頷く秀美に、博は玄関の天井を見上げながらにそう呟いた。

 その頃もまだ、幸一は早朝トレーニングだけは継続し、

 さらに家では食事や風呂の時間を除いて、

 ほとんどを勉強のみに費やしている。

「そういえば今日、驚くことがあったのよ」

 そうしてリビングに入るなり、秀美がそう言って語り出した話に、

 博は風呂に入るのも忘れて聞き入った。

「それでね、直美ちゃんて子が言ったのよ。彼はきっと、合格しますからっ
 て」
 
 二人はそれまで、幸一が志望校を決めていたことさえ知らなかった。

 さらにそんなところが、まさか都内でも有数の一流校だと知って、

「どうして急に、そんなところを目指そうだなんて思ったんだ?」

 稔は驚きを感じながら、

 ――心臓が悪く、車椅子に乗っている少女。

 そんな話をどこかで聞いたことがある……と、心の片隅で感じていたのだ。

 それにしても、どうしてそこまで高望みをするのか?

「その子が、同じ高校を受けるからなのか?」

「ううん……どうもね、その子は入院してて、中学も通えてないみたいなの」

 そんな話が語られたのは、昼間、

 幸一がリビングを離れたほんの僅かな時間にだった。

 中学校にさえ行けないわたし――そんな自分が彼と知り合えたことは、

 人生で一番の幸せなんだと直美がそっと呟いたのだ。

 当然、秀美は驚いて、

 ――中学にも行けないって?

 そんなにあなたの病気は重いのか……と、

 ――じゃあ、こんな日に出歩いて大丈夫なの??

 様々な質問が、頭で一気にぐるぐると回った。

 しかしとうとう口にはできず、さりとて幸一にだって聞けやしない。

 ただとにかく、直美という少女の影響で、

 我が子が変わり始めたことには確信が持てた。

 ついこの間までは高校以前に、中学の卒業だって心配していた。

 それなのに、今は一流高校を目指し勉強漬けの毎日だ。

 順子はそんな変化に感謝しながらも、

 手放しで喜べない不安も心のどこかに感じていた。
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