第9章 もう一つの視点 -  4(6)

文字数 751文字

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 ― ドッジボールじゃない、朝からだから ―

「そう言って直美は、そのまま目を閉じました」

 ドッジボールじゃない。

 ――ボールが当たったことは……発作とは関係ない。
 
 朝からだから。

 ――発作は朝からだったから……吉田さん、気にしないで……。

 そんな声が聞こえてくるようだった。

「あの、わたし……」

 そこまで声にした途端、猛烈なる疼きを喉奥に感じた。

 吐いてしまいそうなくらい強烈に、喉元から大きな何かが突き上がる。

 きっと直美は、美津子が彼女の死を知って、思い悩むと思ったのだ。

 だから美津子のために、

 きっと本当であろう真実を懸命に言い残してくれた。

 ――直美さん、ごめんなさい……。

 我慢など、無駄だった。

 ――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。

 自責の念が渦を巻き、

 それ以外の思念はどこか遠くへ消え去った。

 押し寄せる嗚咽に身を任せ、いつの間にか声を上げて泣いている。

 両手でスカートを握り締め、下を向き、

 ただただ慟哭の波に飲み込まれていた。

 そんな様子を、順子は黙って見つめていた。

 慟哭の意味を知ってか知らずか、

 驚きもせずに、視線をただただ向けている。

 そうして数分、やっと美津子の声が消えた頃、順子は再び席を立った。

 それから煎れ立ての煎茶をお盆に乗せて、

 何事もなかったように舞い戻る。
 
 普通なら、何かしら疑問を感じるはずだ。

 美津子の激情に驚いて、顔付きくらいは変えるだろう。

 しかしまったく順子には、そんな素振りなど見られない。

「さあ、どうぞ、召し上がって」

 そう告げる顔には、微かな笑みさえ浮かんでいる。

 順子は思い出していた。

 今から十年前くらい前、

 やはり同級生だったと言って、

 直美を訪ねてきた若い女のことを……。
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